もう散々話題になったので殆どの皆さんが既に御存知と思いますが、京都大学の受験生が携帯電話を股に挟んで左手で操作してYahoo!知恵袋に試験問題を投稿したという事件がありました。この事件に関しては、東京大学の玉井教授の呟きを纏めたもの、及びそれを元にした優れた解説記事があります。ですから「そちらをお読みください」で済ましても良い位ですが、まぁそれでも、私なりに「ありがちな誤解」を解く為の解説を試みてみます。
なお、以下のサブタイトルは「ありがちな誤解」そのものではなく「誤解に対する私自身の主張を端的に書き記したもの」です。
1.単なるカンニングに留まらない、試験問題漏出事件であったからこそ、警察沙汰になった。
「カンニングくらいで逮捕するなんてひどい」というのは、感情論としては理解できます。しかしそれでは問題の本質を見誤ってしまいます。大体、過去に発覚したカンニングは皆無だったのでしょうか?おそらく違うでしょう。これまでにも発覚したカンニングは存在した筈です。しかしそれらは刑事事件になっていないし勿論逮捕もされていません。感情論に走る前に、何故今回に限って事件になったのか、その点を少し考えて欲しいのです。
単なるカンニングの発覚であれば、大学の内部だけで対応できます。嫌な言い方ですが、そもそもカンニング行為そのものへの対応は、受験資格取り消し等の処分も含めて、通常の試験業務の一部であると考える事も可能です。
しかし、問題の漏出はそうではありません。試験中に問題が漏れたという事は勿論、学外へ漏出するルートの存在を意味します。これは単なるカンニングよりも遥かに大きな問題です。何故なら、そのルートの使い方によっては、試験が全く成り立たなくなる程の大混乱をもたらせる可能性があるからです(愉快犯にあまりヒントを与えたくないので具体的な手口については書きませんが)。ですから、最低限、どの様なルートだったのかを解明し、対策を立てる必要があります。
そして、その様なルートの解明には大学だけの調査能力では全然足りません。だからこそ、警察の力が必要だったのです。更に言えば、単なるカンニングとは異なる対応が必要になった為に、ただでさえ入試の採点や合否判定の為に日常よりも業務が増えているのにも関わらず、更に仕事量は増大しました。即ち、大学の通常業務は大きく妨げられたと言えます。ですから「業務妨害」に相当するのです(最終的には司法の場で決める事ですが)。
以上より「単なるカンニングに過ぎないのに逮捕された」という認識も間違っていますし「警察沙汰にする為にカンニングを業務妨害にこじつけた」という解釈も間違っています。
勿論この事は、カンニング自体の是非とは別個の問題です。
また、念の為申し上げておきますが、私は警察権力の横暴には反対ですし、今回の事件ではマスコミに個人情報をリークし過ぎだと思っています。そして、そうした問題点を追求されそうになったマスコミが批判の矛先を京大に逸らそうとしているのではないかとすら思っています。ですから、うかうかとその尻馬に乗らない様にお気を付け頂きたいという気持ちもあります。
2.「大学の自治」とは、学内に警察を一切立ち入らせない事ではない。
今回の京大の対応を批判する意見の中に「大学の自治に反する」というものが見受けられます。しかし、以下に述べる理由により、この批判は的外れであると考えます。
そもそも「大学の自治」とは「学問の自由」から導かれるものです。即ち「真実の探求であるところの学問の遂行に関しては、外部(特に国家権力)からの干渉を許すべきでない」という考え方です。ですから「たとえ学内で犯罪行為が発生しても、全て大学内部で処理すべきであり、決して警察権力を学内に入れるべきではない」などというのは、およそ「大学の自治」を履き違えた曲解であり、拡大解釈であると言えましょう。
むしろ私は、大学における「学問の自由」を損ないかねない事態で、かつ、大学自身の手に余るものに関しては、積極的に学外の力を頼るべきであると考えています。そして、今回の事件は、漏出ルートの種類と利用のされ方によっては入試制度そのものが深刻なダメージを受ける可能性すらあった訳ですから、まさしく「学問の自由そのものに対する脅威」だったのだと考えています。
要するに、真に守るべきものは「学問の自由」なのか「形式的な大学自治」なのか、という問題です。
ついでながら申し上げておけば「大学の自治」を取り上げて京大の対応を批判する人は、そもそも自己矛盾に陥っていると考えます。何故なら、自治とは「どこまでを自らが治め、どこからを外部に頼るかについても、自らで決定する事」だからです。つまり「警察を呼ぶか呼ばないか」という判断そのものが、大学の自治の範囲内なのです。
従って「安易に警察に頼るなんて大学の自治を損なう行為だ」などという批判は、それ自体が大学の自治を軽視する行為であると言えます。真に大学の自治が重要だと思うのであれば、もう少し京大の判断を尊重したら如何でしょうか。
もしどうしても「大学の自治」という観点から京大を批判したいのであれば「今回の事件で警察に頼った事が、学問の自由の毀損に繋がる」という論証を行なう必要があるでしょう。
3.大学は「学問」をする場である。
もしかしたら「そもそも学問の自由などと言うのなら、試験など廃止して、学ばせたい人を全て受け入れれば良いではないか」という意見があるかもしれません。確かに、これには一理あります。しかし、ここで重要なポイントが一つあります。
それは「学問と学習は違う」という事です。学問は学習とは異なり、単に自分の知らなかった内容を学ぶ事に留まりません。「これまで人類が積み上げてきた知的資産に、たとえ僅かであっても自分が見い出したものを新たに付け加える事によって、より真理に近付いて行く」それが学問の目的です。従って、学問の準備段階として学習が必要であると位置付けられます(勿論、学習の意義はそれだけではありませんが)。
大学とは学問を行なう場ですから、その準備段階であるところの学習に時間を取られ過ぎるのは好ましくありません。即ち、学習の要素を出来るだけ少なくして、なるべく早く学問に移行したいのです。従って、ある程度の学習は既に済んでいる人を対象にすべきなのです。
これが、入学試験を行なう最大の理由だと考えます(現実には大学側のリソースが限られているという要素も非常に大きいですが)。
そして、当然ながら、行なおうとする学問の内容によって、準備段階として必要な学習の内容やレベルも異なります。各大学がどの様な学問を行なうかは、それこそ「大学の自治」の範囲内ですから、どの様な学生を集めたいかは、それぞれの大学が独自に決定すべきなのです。
なお「現在の大学はもはや学問の府などではなく、単なる就職準備場と化してしまっている」という指摘もあるでしょう。これは確かに傾聴に値する意見ですが、ここでは敢えて原則論・理想論を述べさせて頂きました。
4.逮捕は有罪を意味しないし、ましてや処罰ではない。
「逮捕は行き過ぎ」という意見があります。おそらくこの意見は、逮捕という事実により社会的にダメージを受け、場合によっては社会的に抹殺されかねない事を危惧してのものだと思われます。
しかしそれは、逮捕の妥当性とは別個の問題です。
問題なのは「逮捕→起訴→有罪」という流れが規定路線に成り過ぎている点です。逮捕は起訴を意味しないし、起訴は有罪を意味しないのです。にも関わらず、マスコミも我々も、逮捕された時点で「犯罪者確定!」と思い込んでしまう意識が強過ぎると思います(自戒も込めています)。
逮捕された人は、単なる「逮捕された人」であって、その時点では犯罪者ではありません。この単純な事実を広く知らしめる事はとても重要です。
なぜなら、もしも「逮捕→起訴→有罪」が規定路線になってしまうと、警察は充分過ぎる程の証拠を集めない限り逮捕しなくなります。結果として犯罪者を取り逃がす確率が上がります。逆に、一旦逮捕したからには、警察も検察も、何が何でも有罪にしようと躍起になるでしょう。これは冤罪の発生する確率を高めます。
つまり、結果的に、犯罪者は得をし、無実の人は損をする傾向が強まるのを危惧します。
繰り返しますが、権力の横暴に関しては我々は主権者として厳しく監視していかなくてはなりません。特に警察権力に対しては、時に懲罰的な意味を込めて逮捕している事例が存在するのではないかという疑いを禁じえません。ですから「逮捕は有罪を意味しないし、増してや逮捕は処罰ではない」という事を、よくよく心して頂きたいのです、特に警察とマスコミの皆さんには。
5.マスコミに踊らされるな。
これは前項とも関連します。
厳密には「よくある誤解」とは言い難いかもしれませんが、どうにも鼻について仕方ありません。
一言で言えば「マスコミは騒ぎ過ぎ」です。「たかがカンニング」という見方が誤りである事は既に示しましたが、その点を差し引いても騒ぎ過ぎでしょう。少なくとも、予備校・同級生・家族への取材など一切不要です。上にも述べた通り、被疑者が未成年であるにも関わらず、こうした個人情報が漏れまくっているのは、警察からリークされているとしか考えられません(この点に関しては、黒猫亭さんの記事も御参照ください)。
マスコミ(既存メディア)については更に幾つも言いたい事がありますが、話が長くなってしまいますので、ここではこれ以上述べません。
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