コミケを風疹から守り隊

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2026年7月29日水曜日

~はじめに~ブログの構成と運営方針

(トップ記事は固定です。最新記事はこの下にあります)
初回公開日:2010年09月10日
最終更新日:2026年07月29日

ブログの運営方針
このブログは、普通のブログとはちょっと方針が異なります。最も大きな特徴は、ページヘッダーにも書きました様に、一旦書いた記事に後から手を入れたり書き直したりする事もある、という点です。何故なら、特に科学やニセ科学に関しては、最終的に通して読んだ時に分かりやすくなる様な文章にしたいと思っているからです。
でも、趣味とか余談の部分に関しては、普通のブログのつもりなので、基本的には、後から書き直したりしないつもりです。
言ってみれば、ホームページとブログの中間的な構成にしたい、というところでしょうか。
なお最近、常にも増して更新が滞っているのは主にTwitterで色々呟いているからでもあります。サイドバーにも最近の発言をリンクしてありますが、宜しければこちらも御覧ください。また過去の呟きはTwilog(こちら)で見られます。

ラベル(タグ)を御利用ください
ラベル(タグ)とは、ブログ記事のカテゴリ(ジャンル)を示すものです。私は通常、1つの記事に2つ以上のラベルを付けています。それぞれのラベルをクリックすると、同じラベルが付いた記事が一覧で表示されます。御利用ください。
なお、便利の為に、このトップ記事には私が使っている全てのラベルを付けました。

「科学」カテゴリの記事(予定)一覧
(既に書いた記事に関しては、タイトルをクリックすると当該記事にジャンプします)

2013年4月1日月曜日

アイス大好き!

初回公開日:2013年04月01日
最終更新日:2013年04月01日

本日は4月1日であり、その意味で、この記事はウケを狙っています。
しかしながら、本記事には虚偽もオチもありません。記載内容は全て真実です。
ただ、アイスを愛する気持ち(^O^)に満ち溢れている点だけは保証します。

1.セクシーな食べ物

随分昔の事で記憶も定かでは無いのですが「アイスクリームってとてもセクシーな食べ物」という一文を読んだ事があり、心から
同意したものでした。
えっ「どうセクシーなのか」って?そりゃぁ、

ひと匙すくって口に入れると、
最初は硬くて冷たくて、
食べられるのにちょっと抵抗する様な素振りを見せるけれど、
すぐに柔らかな舌触りに変わり、
みるみるうちにフワ~ッと溶けて、
口の中に甘い味と香りだけを残して消えていく・・・

ね、セクシーだと思いません?

で、確か、その同じ文章の中に「お昼をアイスクリームだけで済ます」って話があり、それを読んで以来やりたくて仕方がなくなりました。とうとうある休みの日、近所のスーパーへ行き(当時はハーゲンダッツなんて手に入らなかったので)売ってる中で一番高い「レディーボーデン」の470mlのやつを買ってきて、お昼に食べました(本当はもっと食べたかったけど、お財布が許してくれませんでしたorz)。やっぱり量はちょっと物足りなかった。それでも一度やってみたので、ある程度は気が済みました(^^)。

えっ「ソフトクリームの方がもっとセクシー」ですって?
いやいや、それって多分「ソフトクリームそのもののセクシーさ」とは別の話でしょ、エッチ。

2012年6月13日水曜日

愛の放射線~あなたと私の8000ベクレル~(R-15推奨)

初回公開日:2012年06月13日
最終更新日:2023年05月17日


1.はじめに

昨日(2012年06月12日)の昼間、菊池誠さんがこんな呟きをなさっていました。
この呟きを見た時に、私の中で何かがインスパイアされ、頭の中に浮かんで来た情景がありました。
次に示すのは、それを書き留めてみたものです。内容が(ちょっとだけ)大人向けなので「R-15推奨」という事で、宜しくお願いします。
なお、登場人物に特定のモデルは居ません(ホント)ので、妄想したい方は、お好きなカップリングでなさってください(笑)。


2012年5月3日木曜日

善川チャーリさんに「偽医者」認定されました(又はハンドルネームの由来について)

初回公開日:2012年05月03日
最終更新日:2012年05月23日

(5月23日追記:この記事に対する善川氏の反応に関して、コメント欄で解説しています。そちらも併せて御覧ください)

1.この記事を書いた動機

当ブログのこちらの記事に関して、善川チャーリ氏がTwitterでこの様に呟いており、またそれを真に受けている方もいらっしゃる様です
プロフィールに医師とありますが、PseuDoctorですからね。Pseudo(偽の)Doctor(医師)というこでしょう。この人の言っているほうがデマ。

ちなみに善川チャーリ氏を御存じ無い方もいらっしゃると思いますが、先鋭的な反原発派であり、病理医を名乗っています。
改めて言っておきますが、私は医師です。しかも善川氏(が自称しているの)と同じ、病理専門医です(詳しい説明は2.でします)。
まぁ、ある意味では善川氏の言にも一理あります。PseuDoctorと名乗った時から、そういう読み方をされる事もあるだろうと覚悟はしていました。しかし、厳密に言えば、Doが重複していません(Pseudo-Doctorとなっていない)から、綴りとしてはおかしいですよね。つまり、本来ならPseuDocterなんて言葉は無いのです。
要するに、これは私が自分のハンドルに込めた、ちょっとした洒落なのです(なんて事まで、わざわざ書かなければならないのは本当に悲しいです)ね。
ただ折角ですから、この際、私のハンドルネームの由来と、そこに込めた思いも、後の方で述べる事にします(6.で書きます)。

あるいは、もしかしたらたった一個の呟きに、そんなに過敏に反応するなよとお考えの方がいらっしゃるかもしれません。確かに大人気ないと言われれば、そうかもしれません。
しかし、一応私はこれで飯を食っている(要するに、プロ)な訳です。ニセと言われれば、反論したくもなります。いや、職業であるかないかに関わらず、自分が誇りを持って真剣に取り組んでいる内容をニセモノ呼ばわりされたら、反論したくなりませんか?例えばボカロPさんとか絵師さんとかの立場でも構いません。自分が精魂込めて作った作品を、安直に「パクリ」呼ばわりされたらどうお感じになるでしょうか。ニセ医師呼ばわりされる気持ちとは、その時の感情に似ていると思います。
また私は、曲がりなりにも「ニセ科学批判」をしている身でもあります。その立場から言えば、何かを「ニセ」呼ばわりするのであれば、きちんとした根拠を持ったうえで言って欲しいと思います。増してや、自ら医師を名乗った上で他人を「偽の医師でしょう」と言うのであれば、相応の根拠が必要とされるのは当然ではないでしょうか。
更に、今回の事は、単なる放言では済まない側面もあると考えています(詳しくは3.の後半と、5.に書きます)。

2012年4月1日日曜日

ニセ科学漫才

初回公開日:2012年04月01日
最終更新日:2012年04月01日

この記事はネタです。登場人物に特定のモデルはいません。特に、この人とかこの人とは何の関係もありません。ありませんったらありませんってば。

それでは「ニセ科学漫才」の始まり始まり~~

(舞台が明るくなる。舞台の正面には、一本のスタンドマイク。その根元には細長い茶色の紙袋が置いてある。上手と下手から、紅白のド派手なストライプのジャケットにバカでかい蝶ネクタイを付けた二人が走り寄ってくる)

さとる「どうも~、さとるで~す」
まこと「どうも~、まことで~す」
「二人合わせて」
ダブルきくちで~す!!よろしくお願いしま~す!」
   (会場拍手888888)

2011年4月1日金曜日

ニセ科学規制法

初回更新日:2011年4月1日
最終更新日:2011年4月1日

本日4月1日、衆議院本会議に於いて「ニセ科学規制法案」が可決されました。同案は直ちに参議院に送られ、参議院でも可決成立する見通しです。
この法案はニセ科学の言説を規制するものです。ニセ科学の言説など全面的に禁止すべきだという強硬意見もかなり根強くありましたが、最終的には言論の自由との兼ね合いにより、一定の規制の枠を嵌める事で決着したものです。
法案の内容は以下の通りです。

1)ニセ科学の言説を述べる場合には、語尾に必ず以下のいずれかを付ける事。
 「だっちゃ(活用形も可)」
 「ぴょ~ん」
 「ニンニン」
 「ゲソ」
2)上記に違反した場合には罰則規定あり(後述)。

法案自体はまだ成立していませんが、巷のニセ科学提唱者達は法律の施行後に備え、早くも
「ホメオパシーは万病に効くっちゃよ!」
「血液型であの人の性格が解るゲソ」
などの言い方に慣れようと必死になっており、ニセ科学批判クラスタの生暖かい視線と半笑いを誘っています。
一方で「この調子では、むしろライトユーザーの取り込みが活発になってしまう」という危惧を示すニセ科学批判者も現れ、政府与党は難しい対応を迫られています。

最後に、罰則規定について解説しておきます。
上記の規制に違反した場合には、3ヶ月間の強制労働となります。現時点で強制労働の候補地として挙がっているのは「大阪大学サイババメディアセンター」と「ニャトロム団本部」の2つであり、希望によりどちらかを選択できる予定です。
大阪大学サイババメディアセンターに於いては、教授のロングヘアーに一本ずつパーマを掛け、少しずつサイババの髪形に似せていくという義務が課せられます。
ニャトロム団本部では黒マスクの戦闘員として、赤や青や黒などの衣装を用意して各ニャトロム(一人かもしれませんし複数かもしれません)のお着替えを手伝うという簡単なお仕事です。但し、もしもうっかりしてニャトロムの素顔を見てしまったら、二度と退団する事は叶いません。

さて、あなたなら、どちらを選びますか?

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2011年1月11日火曜日

青いプリンの食し方(なるべく食当たりを起こさない為に)

2011年12月25日追記:こちらの記事に、早川由紀夫氏に関しての私見を述べております。そちらも是非御覧ください。

注)この記事はネタであり、フィクションです。しかし、これをお読みの方が現在抱えている問題に僅かでも役に立つ可能性があるかもしれないと思って書いている部分もあります。

ネットには様々な人がいます。そしてそれぞれの人が言わば好き勝手に情報を発信しています。それは玉石混交と言うもおこがましい程のカオス状態でもあります。ですから「まさかこんな馬鹿げた事を言う人が居るなんて!」と思う様な状況に出会う事もまた、稀ならず起こります。

ここで、以下の様な特徴を持つ人物の存在を仮定してみましょう(しつこい様ですが、これはフィクションです。現実に似た人が居ても、ただの偶然でしょう)。
1)社会的地位は比較的高い。
2)その場その場では一応整合性のある事を言うが、しばらく観察していると以前言った事と辻褄が合わなくなってくる。
3)ジャイアニズム的なダブルスタンダードを持つ。即ち、他人に対する要求は高く、自分に対する要求は低い。
4)自説を開陳するのに熱心だが、基本的に勉強不足である。例えば、分野外の専門用語の意味を知らず、字面から連想しただけの俺様解釈を振り回す。
5)上述したダブスタや勉強不足を指摘されると、屁理屈で糊塗しようとする。それに失敗すると、逆切れするか、拗ねる。
6)自分の発言が他人を傷付ける事に対しては鈍感であるが、自分が傷付く事には過敏である。
7)自分を表すアイコンが漫画チックであるが、いわゆる二次元キャラとは異なる。また機嫌によってアイコンの表情も変える。

さて、わざわざこんな人物を仮定してみたのは「どうしてこの人はこんななのか」を考えてみたいからです。
一言で結論を言うなら、こうです。
坊やだからさ!
もう少し詳しく言うなら「知能は成長したけれども、人格形成が未発達のままである、言わばワガママな幼児」だという事です。勿論これは推測であり、それを裏付ける決定的な証拠がある訳ではありません。しかし一方で、この様に推測すれば、上記の各項目を上手く説明できるのも確かです。

幼い子供というのは、基本的に「構ってちゃん」です。即ち、自分が世界の中心であり、いつも周囲からチヤホヤされていないと気が済まない。ただ現実には、常にチヤホヤされている訳では無い。そういう時に子供はどうするかというと、何とかして注目を引こうとする。例えば奇声を上げたり暴れたりして周囲の関心を集めようとします。それでも相手にして貰えないと行為はエスカレートし、わざと怒られる様な悪い事をしてでも構って貰おうとする。
こうしたメンタリティを持った人であれば、上記の様な特徴を有していたとしても、さほど不自然ではありません。
以下、個別に解説していきます。

1)社会的地位の高さについてですが、これはちょっとこじつけ気味になるのをご容赦ください(何しろネタですから)。勉強の出来る子であれば「良い成績を取る」というのはチヤホヤされる為に最も効果的な手段の一つです。家庭にもよるでしょうが、勉強をして良い成績を修めていれば、概ね幸せな子供時代を送れるでしょう。そのまま上手くいけば高学歴を身に付ける事が出来、社会的地位も高くなろうというものです。
2)論理的不整合についてです。自分がチヤホヤされる事が最優先ですから、その場その場では尤もらしい事を言わねばなりません。馬鹿にされるのは嫌なのです。でも長い眼で見ると辻褄が合わなくなります。所詮、注目を浴びる為の発言だからです。
3)ダブルスタンダードについては、比較的特徴的であると言えましょう。即ち「みんながダメでも、ボクだけは良いんだもん!」というのは、かなりあからさまな幼児性の発露です。
4)目的が周囲に構って貰う事ですから、勉強を教えて貰えるのは、却って嬉しい事なのかもしれません。最初に勉強不足を指摘された時はちょっと恥ずかしい思いをしたかもしれませんが、開き直ってしまえば、これは逆に構って貰えるチャンスでもあります。だから「自分で勉強しなさい」と言われるのは嫌いなのです。あくまで優しく教えて欲しいボクちゃんなのです。
5)という訳で、指摘を受けた時の態度も決まってきます。まずは屁理屈により自己の正当化を図る。そのうえで、構ってくれそうな人が相手ならば、甘えてみせるか、拗ねてみせる(子供ですから)。でも、構ってくれなさそうな人に対しては、ソッポを向くのです。
6)これはもう、あまり説明の必要は無いでしょう。子供というのはある意味残酷であり、自分の言動により他人が傷付く可能性にはなかなか思い至りません。想像力が不足しているとも言えます。その一方で自分が世界の中心ですから、自分が傷付く事には我慢出来ない。
7)漫画的に自らを表現するのも、幼児性の発露です。しかもそこに、その時点での自らの感情を反映させるという事は、言わば「自分の御機嫌を取って欲しい」という要求の現われと解釈する事も可能です。

ただ、単なる子供と違うのは、上記に書いた様な事を前面に押し出し過ぎると却って相手にされなくなる、というのを知っている点です。ですからそれを隠す為に尤もらしい事を色々と述べますが、それはしばしば上記の「自分にとってだけ都合の良い主張」を偽装したものに他なりません。だからこそ、発言に矛盾が出てくるのです。
具体例で見てみましょう。
「自分だけは傷付きたくない」というのをそのまま主張しても、相手にして貰えないという程度の事は流石に知っています。ですので、これを一般化する事により、反論を封じて自分の意見を通そうとします。つまり「人を傷付けるのは良くない」と主張する訳です。
しかしそのココロは上述の如く「自分だけは傷付きたくない」ですから、一方で他人を傷付ける様な言動を平気で垂れ流します。この様にしてダブルスタンダードが形成されるのです。

ところで、上記の人物像は架空のものですが、これらの特徴の幾つかを持った人に遭遇する事は(特にネット世界の中では)それほど稀な事ではありません。
では、もし、実際にこういう人が居た場合に、どの様に対処すべきでしょうか。
これは、対処の目的と方法とに分けて考えると解り易いでしょう。

まず目的ですが、大きく3つに分けられます。
1)本人が自らの考えと行動を改める事。
これは最も直接的な目的ですが、最も達成が困難な目的でもあります。他人の思考や行動様式を変えるのは、しばしば非常に困難です。
2)本人の意見を見た第三者に悪影響が及ばない様にする事。
上記1)に比べるとやや控え目な目的ですが、決して重要性が低い訳ではありません。(自分から見て)おかしな意見が世の中に広まるのを防ごうと思うのも、大切でしょうから。
3)自分自身の精神衛生を悪化させない様に保つ事。
上記1)や2)に比べると利己的に思える目的です。しかし考え様によっては、最も大切な目的でもあります。何故ならこの目的は、上記1)2)を目指す為には必要な条件であるとも言えるからです。自分自身がしんどくなってしまっては、何も出来なくなってしまいかねません。

次に、これらの目的を達成する為の方法もまた、幾つかに分けられます(但し、1対1の対応ではありません)。
a)論理的批判
本人の意見に含まれている、論理構造の誤り・事実誤認・一貫性の無さ、等を見つけ出し、それを指摘します。冷静で理性的な議論が期待できます。一方で、感情的になった相手や第三者には殆ど効果が無いという欠点があります。ですから、上記の如き特徴を有する本人自身に対する効果は、実はさほど期待できません。
b)倫理的批判
相手の倫理観に訴える批判方法です。根本を辿っていくと上記a)との境界が曖昧になってきますが、倫理的な部分を前面に押し出す場合は、これに含まれるでしょう。a)に比べると加減が難しくはありますが、それでもこうした批判が必要な場面もあるでしょう。

これらの批判はいずれもそれなりに有効な方法ではありますが、必ずしも目的を達成出来るとは限りません。特に1)の目的が達成出来ない場合、その事が徒労感を生み、その為に3)の目的も達成出来なくなってしまう場合があります。この状況を何とかしたい。
私がその場合に有効だと考えている対処法は、
c)相手を理解する事
です。
但し、理解する事は、同意する事でも迎合する事でもありません。そうではなくて、1)の目的が達成出来なかった原因を探る為に行なうのです。これが上手くいけば、自分のやり方に改善の余地があるのか、あるいは1)の目的が達成出来なかったのは仕方が無かったのか、判断できるでしょう。
そして、こうした考察をする事によって、少なくとも3)の目的は最低限達成されると期待出来ます。
もっと言えば、3)の目的のみを達成する為であれば、真に相手を理解する必要すら無く、単に自分自身が納得出来る様に「理解した」と思い込めれば、それで良い事になります。非常に後ろ向きな意見の様に思われるかもしれませんが、3)の目的を1)や2)と切り離して考えるのであれば、私はこうした対処法も場合によっては「アリ」だと考えます(勿論使い過ぎには注意すべきです)。

という訳で、本記事はネタではありますが、ネット上の発言により心穏やかではいられなくなった方々に対する一服の清涼剤にでもなれば、と思って書いたものでもあります。

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