コミケを風疹から守り隊

ラベル 教育 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 教育 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年7月29日水曜日

~はじめに~ブログの構成と運営方針

(トップ記事は固定です。最新記事はこの下にあります)
初回公開日:2010年09月10日
最終更新日:2026年07月29日

ブログの運営方針
このブログは、普通のブログとはちょっと方針が異なります。最も大きな特徴は、ページヘッダーにも書きました様に、一旦書いた記事に後から手を入れたり書き直したりする事もある、という点です。何故なら、特に科学やニセ科学に関しては、最終的に通して読んだ時に分かりやすくなる様な文章にしたいと思っているからです。
でも、趣味とか余談の部分に関しては、普通のブログのつもりなので、基本的には、後から書き直したりしないつもりです。
言ってみれば、ホームページとブログの中間的な構成にしたい、というところでしょうか。
なお最近、常にも増して更新が滞っているのは主にTwitterで色々呟いているからでもあります。サイドバーにも最近の発言をリンクしてありますが、宜しければこちらも御覧ください。また過去の呟きはTwilog(こちら)で見られます。

ラベル(タグ)を御利用ください
ラベル(タグ)とは、ブログ記事のカテゴリ(ジャンル)を示すものです。私は通常、1つの記事に2つ以上のラベルを付けています。それぞれのラベルをクリックすると、同じラベルが付いた記事が一覧で表示されます。御利用ください。
なお、便利の為に、このトップ記事には私が使っている全てのラベルを付けました。

「科学」カテゴリの記事(予定)一覧
(既に書いた記事に関しては、タイトルをクリックすると当該記事にジャンプします)

2024年6月27日木曜日

週間PseuDoctor2024年6月第4回(Blog版第5回)

 #0. はじめに

皆様こんばんは。今回もまた1日遅れとなってしまいましたが、blog版としてリニューアルした「週間PseuDoctor」(経緯はblog版第1回をご覧ください)第5回をお送りします。
実は例年この時期はどうしても業務が立て込んでしまう傾向があり、実際に昨年の6月にも「間に合わない」週が2回ほどありました。
もう少しすれば多少落ち着くと思うんですけどね。
それでは、暫しお付き合いください

2024年5月25日土曜日

週刊PseuDoctor2024年5月第5回(Blog版第1回)

 #0. はじめに(如何にして私は週間PseuDoctorをブログに移行するに至ったか?)
などと大袈裟なタイトルを付けましたが、そんなに複雑な話でもありません。
これまで何年にも渡り「週刊PseuDoctor」をTwitter(X)で毎週お届けしてきました。しかしこの度「連ツイがシャドウバンの対象になるらしい」との情報 https://twitter.com/Ganbon_BOT/status/1793955441397187018 を聞き及びました。確かに最近の私自身にも思い当たる節があったので、これは少々困った事態です。だって、連ツイを封じられては「週刊PseuDoctor」が成り立たないのですから(爆)
運営(イーロン)の「課金させたい」という明瞭な意志は感じますが、だからといって「標準で用意されている機能を用いただけなのにシャドウバン」というのは極めて理不尽です。

2012年10月1日月曜日

P02-06: 「科学的に間違っている」はニセ科学批判の中で最も簡単な部分です


初回公開日:2012年10月01日
最終更新日:2015年03月03日


1.ニセ科学批判は「科学的な間違いを指摘する事」だけではない

ニセ科学とは「科学ではないのに科学を装っているもの」です。
ですので「ニセ科学を批判するには、それが科学ではない事を示せば良いのだな」と思ってしまいがちです。そう考えるのは、素直と言いますか、確かに自然な感情だと思います。
しかし、現実のニセ科学問題は、それほど単純ではありません。
その、単純ではない理由について、順を追って説明してみます。

まず、多くのニセ科学は「科学的に間違っている事は自明である」レベルです。ですから、少し科学に詳しければ、ニセ科学の科学的な間違いを指摘する事は、むしろ容易なのです。
例を挙げましょう。

2011年12月25日日曜日

「早川由紀夫氏訓告問題」について

初回公開日:2011年12月25日
最終更新日:2012年03月10日



(2012/12/26追記:「6.余談その2」について、黒猫亭さん本人からTwitter経由で御意見を頂いておりますので、今後内容を変更する可能性があります。現在の記述は暫定的なものとしてお読みください。)
(2011/12/29追記:「6.余談その2」に関しては、内容の削除や書き換えは行わず、もとの文章を残したままで追記及びコメントによって補足する事にしました。括弧でくくり「追:」を冒頭に付けた部分が、今回追記したものです。また追記で書ききれない内容をコメント欄に書いてあります)
(2012/03/10追記:「わたしたちは子供を産めますか」というTogetter経由でこちらに来られた方は、是非こちらの記事もお読みください)


1.はじめに

既に報道等で御存知の方も多いとは思いますが、2011年12月7日、早川由紀夫氏(群馬大学教育学部教授)がTwitter上での発言を問題視され、学長より訓告を受けました(本人によるまとめはこちら)。この件に関しては幾つかの論点があります。また私は震災以前の早川氏の言動も多少知っており、直接遣り取りした経験もありますので、そうした点も踏まえて、以下に述べていきたいと思います。
また、これは大切な事なので初めに書いておきますが、早川氏は衆目を集めたくてわざと暴言を吐いている節があります。ですから彼の発言をマトモに相手して軽挙妄動に走るのは控えてください。少なくとも、感情的になるのは、相手の思うツボです。
この記事を最後までお読みになれば「早川氏はマトモに相手するに値しない」という事を御理解頂けるかもしれません。

2.早川発言の問題点


報道では「殺す」「オウムと同じ」という様なセンセーショナルな部分がクローズアップされがちです。しかし、彼の発言の問題点はそれに留まりません。これはある意味、震災前から一貫しているとも言えます。
まず項目を挙げます。


1)表現が過激で乱暴である。
2)嘘吐き、もしくは無責任。
3)差別的である。
4)明らかに知識不足であり、にも関わらず(だからこそ?)俗流・独自解釈に固執する。
5)詭弁を多用する。
6)ワガママで自分勝手。
7)上記5)6)からの帰結として、しばしばダブルスタンダードに陥る。


以下、個別に解説していきます。

2011年7月7日木曜日

京大入試問題漏出事件に関する、ありがちな誤解

(この記事は2011年3月に書いたものですが、震災の影響により公開のタイミングを逸していました。しかし本日(2011年7月7日)、本人が不起訴処分になったという報道がありましたので、この機会に公開する事にします)

もう散々話題になったので殆どの皆さんが既に御存知と思いますが、京都大学の受験生が携帯電話を股に挟んで左手で操作してYahoo!知恵袋に試験問題を投稿したという事件がありました。この事件に関しては、東京大学の玉井教授の呟きを纏めたもの、及びそれを元にした優れた解説記事があります。ですから「そちらをお読みください」で済ましても良い位ですが、まぁそれでも、私なりに「ありがちな誤解」を解く為の解説を試みてみます。

なお、以下のサブタイトルは「ありがちな誤解」そのものではなく「誤解に対する私自身の主張を端的に書き記したもの」です。

1.単なるカンニングに留まらない、試験問題漏出事件であったからこそ、警察沙汰になった。

「カンニングくらいで逮捕するなんてひどい」というのは、感情論としては理解できます。しかしそれでは問題の本質を見誤ってしまいます。大体、過去に発覚したカンニングは皆無だったのでしょうか?おそらく違うでしょう。これまでにも発覚したカンニングは存在した筈です。しかしそれらは刑事事件になっていないし勿論逮捕もされていません。感情論に走る前に、何故今回に限って事件になったのか、その点を少し考えて欲しいのです。
単なるカンニングの発覚であれば、大学の内部だけで対応できます。嫌な言い方ですが、そもそもカンニング行為そのものへの対応は、受験資格取り消し等の処分も含めて、通常の試験業務の一部であると考える事も可能です。
しかし、問題の漏出はそうではありません。試験中に問題が漏れたという事は勿論、学外へ漏出するルートの存在を意味します。これは単なるカンニングよりも遥かに大きな問題です。何故なら、そのルートの使い方によっては、試験が全く成り立たなくなる程の大混乱をもたらせる可能性があるからです(愉快犯にあまりヒントを与えたくないので具体的な手口については書きませんが)。ですから、最低限、どの様なルートだったのかを解明し、対策を立てる必要があります。
そして、その様なルートの解明には大学だけの調査能力では全然足りません。だからこそ、警察の力が必要だったのです。更に言えば、単なるカンニングとは異なる対応が必要になった為に、ただでさえ入試の採点や合否判定の為に日常よりも業務が増えているのにも関わらず、更に仕事量は増大しました。即ち、大学の通常業務は大きく妨げられたと言えます。ですから「業務妨害」に相当するのです(最終的には司法の場で決める事ですが)。
以上より「単なるカンニングに過ぎないのに逮捕された」という認識も間違っていますし「警察沙汰にする為にカンニングを業務妨害にこじつけた」という解釈も間違っています。

勿論この事は、カンニング自体の是非とは別個の問題です。

また、念の為申し上げておきますが、私は警察権力の横暴には反対ですし、今回の事件ではマスコミに個人情報をリークし過ぎだと思っています。そして、そうした問題点を追求されそうになったマスコミが批判の矛先を京大に逸らそうとしているのではないかとすら思っています。ですから、うかうかとその尻馬に乗らない様にお気を付け頂きたいという気持ちもあります。


2010年12月12日日曜日

「表現規制」について(「表現の自由」はなぜ大切か?)

初回公開日:2010年12月12日
最終更新日:2016年07月21日

1.はじめに

多くの方が御存知の様に、2010年3月の時点で継続審議となっていた「東京都青少年健全育成条例」(いわゆる非実在青少年規制条例)の改正案が12月都議会に提出されています。
私はこの条例には明確に反対です。その最も大きな理由は、これが「表現規制」、即ち「表現の自由を犯すこと」に繋がるからです。「この条例は表現規制そのものではない」というタテマエ論を述べる方もいらっしゃる様ですが、条例の内容は規制側の恣意的な運用が大幅に可能になっているものであり、実質的な表現規制に結び付く危険性はかなり大きいと言うべきです(ぶっちゃけて言えば、そもそも体制側が「表現規制をやります」なんて馬鹿正直に言う筈が無いと思っております)。

では、なぜ「表現の自由」は大切なのでしょうか。
それは勿論「憲法で保障されている基本的人権だから」ですね。
でも、もう少し踏み込んで考えてみましょう。
なぜ「表現の自由」は「基本的人権」なのでしょう。
そしてなぜ「基本的人権」は憲法で保障されているのでしょう。

これを書いている時点では、まだ条例の改正案がどうなるのか解りませんが、どうやら民主党が賛成に回る様で、可決される公算が大きそうです。「表現の自由」に配慮して付帯決議がなされるという見通しの様ですが、はっきり言えば、そんなもの「配慮してない訳ではないですよ」というガス抜きの為の言い訳に過ぎません。
そもそも、わざわざ付帯決議を行う時点で、欠陥条例である事を認めたも同然ではないですか。
「表現の自由に配慮する」なんてのは、言うまでも無く当たり前なので、今更そんな事を改めて決議するなんて、何をかいわんや、です。
そして、たとえ付帯決議があったとしても、そんなものは、現実の運用で幾らでも骨抜きにできます。
非常に姑息なやり方ですが、常套手段でもあります。

しかし、たとえ可決されたとしても、それで終わりではない。
そして、たとえ否決されたとしても、それで終わりでもない。
「表現の自由」に関しては、ずっと継続して考え続けなくてはいけない問題だと思いますので、書いてみた次第です。

2010年11月18日木曜日

掛け算の順序論争について

1.これまでの展開と私の見解

「掛け算の順序論争」というものがある様だ。どうやら、かなり以前(1970年台頃)から繰り返し出ている話題らしい。
先週末くらいにTwitterでやり取りしている方々がいらしたと思ったら、早速幾つかとぅぎゃったになっていた(例えばこれとか)。色々拝見した結果、この件に対する現時点での私の考えは、以下の通り。

1)順序にこだわるのはナンセンス。
2)「掛ける数」と「掛けられる数」との違いを理解させるべき、という意見には一理ある。
3)しかし「掛ける数と掛けられる数との違いに関する理解」にこだわるのであれば、むしろ単位を重視すべきであり、やはり順序にこだわるのはナンセンス。
4)しつこい様だが、式の順序を「正しく」書いているかどうかで理解度は測れない。「正しい」順序で立式している子の中にも理解が不十分な子は居るだろうし「間違った」順序で立式した子の中にも理解している子は居る筈だから。

一言でまとめるのなら「順序にこだわる事によるメリットが全く見つけられない」となる。