初回公開日:2013年04月01日
最終更新日:2013年04月01日
本日は4月1日であり、その意味で、この記事はウケを狙っています。
しかしながら、本記事には虚偽もオチもありません。記載内容は全て真実です。
ただ、アイスを愛する気持ち(^O^)に満ち溢れている点だけは保証します。
1.セクシーな食べ物
随分昔の事で記憶も定かでは無いのですが「アイスクリームってとてもセクシーな食べ物」という一文を読んだ事があり、心から
同意したものでした。
えっ「どうセクシーなのか」って?そりゃぁ、
ひと匙すくって口に入れると、
最初は硬くて冷たくて、
食べられるのにちょっと抵抗する様な素振りを見せるけれど、
すぐに柔らかな舌触りに変わり、
みるみるうちにフワ~ッと溶けて、
口の中に甘い味と香りだけを残して消えていく・・・
ね、セクシーだと思いません?
で、確か、その同じ文章の中に「お昼をアイスクリームだけで済ます」って話があり、それを読んで以来やりたくて仕方がなくなりました。とうとうある休みの日、近所のスーパーへ行き(当時はハーゲンダッツなんて手に入らなかったので)売ってる中で一番高い「レディーボーデン」の470mlのやつを買ってきて、お昼に食べました(本当はもっと食べたかったけど、お財布が許してくれませんでしたorz)。やっぱり量はちょっと物足りなかった。それでも一度やってみたので、ある程度は気が済みました(^^)。
えっ「ソフトクリームの方がもっとセクシー」ですって?
いやいや、それって多分「ソフトクリームそのもののセクシーさ」とは別の話でしょ、エッチ。
たとえ更新が遅くても気長に見てください。また、ここの特徴として、一旦書いた記事を修正して再投稿する事もあります。 コメントは承認制です。コメントを書いてもなかなか反映されない時には「コメントを見ている暇が無いのだな」と思ってやってください。 ===コメントされる方は、節度を守る様お願い致します。名無しやダブハン、マルチポストは御遠慮ください。頂いたコメントは、私の気まぐれにより無警告で削除したりしなかったりします。予めご了承ください。===
2013年4月1日月曜日
2013年3月11日月曜日
あの日から2年
初回公開日:2013年03月11日
最終更新日:2013年03月11日
1.お悔やみとお見舞い(とお祝い)
東日本大震災から、今日で丸2年です。
2年という事は、仏教的に言えば、亡くなられた方の三回忌に当たります。
改めて、亡くなられた方々(勿論、仏教徒でない方も含めて)へのお悔やみを申し上げます。
また、被災された全ての方々へ、お見舞い申し上げます。
併せて、本日が誕生日である方をはじめ、記念日である方々には、心よりお慶び申し上げます。
2.個人的に願う事
私には個人的に願っている事が幾つかあります。以下にそれらを列挙します。
2013年2月5日火曜日
経済メモ:景気・金融・財政などの話(アベノミクスで景気は回復したか?)
初回公開日:2013年02月05日
最終更新日:2020年09月03日
1.はじめに
第二次安倍政権が2012年12月に発足し、いわゆる「アベノミクス」と呼ばれる一連の経済政策が示されました。そして、その直後から株価は復調し円高も是正される傾向にありました。これはおそらく、少なからず「期待感」による部分があるのだと推測します。
では何故「アベノミクス」によって景気が回復すると期待されたのでしょうか。
そして何故「アベノミクス」は腰折れしてしまったのでしょうか。
今回はそのあたりを理解する一助になればと思い、主に「金融緩和をすれば景気が良くなるのか」という点を中心にして、ごく基本的な部分(つまり私が理解している範囲内の内容)を述べたいと思います。
当ブログには少数ながら「経済」タグの記事がありますが、総じてアクセスは少なめです(笑)。それも当然と言えば当然かもしれません。しかし、それでもやっぱり「書いた以上はなるべく多くの方々に読んで頂きたい」と思うのも人情です。
という訳で、宜しければそちらも併せてお読み頂ければ幸いです。
私は経済については勉強中の素人ですから、もしもおかしな点があればツッコミを歓迎します。
また、念の為付け加えておきますと、私は安倍政権には大きな問題があると考えています。
少なくとも教育分野に関しては、はっきり「トンデモと言っても構わないレベルだと判断しています。
また憲法改正に関しても賛同できない事ばかりです。
更に言えば、ここで取り上げる「アベノミクス」ですら、財政政策に関しては問題ありと考えます。
しかし、それらの問題点を別にしても、金融政策は強く支持します。これは是々非々です。
以上の点を御理解の上で、お読み頂ければ幸いです。
ちなみに今回も、ちょっと長めです(^^;これでも削ったんですけどね。
2012年12月24日月曜日
プロフェッショナルとアマチュアとの違いとは?
初回公開日:2012年12月24日
最終更新日:2012年12月24日
1.はじめに
前回の記事で取り上げた「科学報道のあり方」に関する議論も、大分落ち着いてきた様です。とは言え、この話題が「コンテンツとして消費されてしまう」のは好ましくないでしょう。ですから、今後も議論は継続した方が良いとは思います。ただ、私自身の事を振り返っても、油断するとどうしても議論が拡散しがちです。
という訳で、批判や反論を行う際には「誰のどの意見に対するものなのか」を明確にするのが良いと考えます(必ずしも明示する必要は無いのですが、少なくとも、自分の中では意識しておく事が大切でしょう)。
勿論これは今回の件に限らず、議論一般に言える事です。
さて、ここからが今回の本題です。
上述の話題の中で、こちらの記事が結構取り上げられました。これは一般紙の話ですし、厳密には「科学報道」の話でもありません。しかしタイムリーだったのでしょう、結構あちこちで話題になった様でした。なので今回は、記事の内容そのものに詳しくは触れず、私が最も引っ掛かった部分についてだけ述べます。その部分とは、2ページ目の「(記者は)凡人のプロだから専門知識はいらない」(強調は引用者による)という言葉です。これは、マスコミに関する講義で、講師の新聞記者が、学生の質問に対する解答として発した台詞だそうです。
さて「凡人のプロ」とは何でしょうか。何となく語感で解る様な気もしますが「単なる凡人とは何処が違うのか」と考え出すと、良く解らなくなってきます。こういう場合には注意が必要です。解った様な気にさせる「納得力」の高い言葉は両刃の剣であり、逆に誤解の元になったりもするからです。
と言う訳で今回は、プロフェッショナルとアマチュア(非プロ)との違いについて考えてみたいと思います。
2012年10月21日日曜日
科学報道に望むこと
初回公開日:2012年10月21日
最終更新日:2012年10月28日
(2012年10月28日追記:こちらの記事に関して幾つかの反応があり、また古田さん御本人も追加のTweetをしていらっしゃいます。それらの点を踏まえて何点か追記を致しました。括弧で括り冒頭に追:と表示した部分がそうです。また「7.その後の展開」を追記しました)
1.はじめに
今回の記事は、こちらのTogetter「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」を読んだ感想です(こちらのTogetter「科学報道のありかた」も参考に致しました)。最初はTogetterのコメント欄に書こうかとも思ったのですが、例によって思いの外長い文章になってしまったので、エントリにしました。
最初にお断り申し上げます。
私は古田さんを個人的に存じ上げている訳ではありませんので、古田さん御本人に対しては、何も含むものはありません。あくまで、人格ではなく御意見に対して、思うところを申し上げます。
(追:この様に書いた理由は、古田さんは個人として発言されていますので、所属機関の意見でもなければ、増してやマスコミ全体を代表する意見でもないからです。こういう場合にはどうしても個人の意見を、全体を代表する意見の様にみなして批判しがちです。ですから私自身に対してそれを戒める意味もあります)
2.古田さんの御主張
Togetterから読み取れる古田さんの御主張は、幾つかある様です。
2012年10月14日日曜日
S02-04: 「学術論文」って何だろう?
初回公開日:2012年10月14日
最終更新日:2014年05月06日
(更新の内容に関しては、コメント欄も御参照ください)
0.はじめに
今回の文章は最初、kikulogのこちらの記事のコメントとして書いたものです(コメント番号で言うと#950, #951, #976, #991, #1007です)。そもそもこれは「松下電工(現パナソニック電工)が公開していた技報は、学術論文とは似て非なるものである」事を示す為に、まずは学術論文とは何かを説き起こそうとして書き始めたものです。しかしkikulogの記事は御覧の通りコメント欄が膨大になっていますので、なかなか読むのが大変になっているうえ、私の文章も尻切れトンボになっています。
その後、私の文章に過分な評価を頂いたTAKESANさんの御厚意により、こちらのブログ記事のコメント欄をお借りして、改めて書き始めました。しかしそれも(主に私の怠惰により)中断したままになっています。
そうこうしているうちに、私自身がブログを持つ様になりました。
この文章の事はブログ開設当初から念頭にあり、全体の構成を決めた時にも入れる場所は決まっていました。しかし、やはりなかなか書けないでいる間に、時が過ぎてしまいました。
そこで、取り敢えずですが、今回はTAKESANさんの所に書かせて頂いた文章をベースにして少し手を入れたものを載せます。例によって修正の余地を残したままの記事という事になってしまいますが、どうか御承知おきください。
なお、当該の技報に関しては、古い事もあり現在パナソニック電工のHPには載っておりません。
1.「論文」の定義と意義
2012年10月8日月曜日
P02-07: ダメな「ニセ科学批判批判」と良い「ニセ科学批判批判」
初回公開日:2012年10月08日
最終更新日:2012年11月06日
(11月06日追記:コメント欄での摂津国人さんの御指摘を考慮した結果「当事者性」と記した部分の多くを「当事者意識」と改めます(但し全てではありません)。コメント欄も御参照ください)
1.「ニセ科学批判批判」という言葉
「ニセ科学批判批判」という言葉は、文字通りに取れば「ニセ科学批判に対する批判」です。ですからその中には「不毛な議論を呼ぶダメな批判」も「耳を傾けるべき提言」も含まれている筈です。しかしながら、私自身と私の知る何人かの方々は、この言葉を否定的なニュアンスで使う事が多い様です。おそらくその原因は、ダメな批判批判に悩まされてきた経験が多いからでしょう。その為、批判批判という言葉を色付きで見てしまいがちなのです。
もっとも、色付きで見られるといえば「ニセ科学批判」という言葉自体がそうだとも思えます。
改めて簡単に書きますと
ニセ科学批判:ニセ科学を批判する事。個別の批判行為の総体。「スポーツ」という名前のスポーツが存在しないのと同じ意味で「ニセ科学批判」という名前の行為は存在しない。
ニセ科学批判批判:ニセ科学批判を批判する事。ダメなものも良いものもある。
となります。
そこでここでは、ダメな批判批判と良い批判批判を選り分ける試みをしてみたいと思います(勿論「選り分ける」と言っても、グレーゾーンを挟んだグラデーションで繋がっている・・・と考えるのは、いつもの事ですが)。
最終更新日:2012年11月06日
(11月06日追記:コメント欄での摂津国人さんの御指摘を考慮した結果「当事者性」と記した部分の多くを「当事者意識」と改めます(但し全てではありません)。コメント欄も御参照ください)
1.「ニセ科学批判批判」という言葉
「ニセ科学批判批判」という言葉は、文字通りに取れば「ニセ科学批判に対する批判」です。ですからその中には「不毛な議論を呼ぶダメな批判」も「耳を傾けるべき提言」も含まれている筈です。しかしながら、私自身と私の知る何人かの方々は、この言葉を否定的なニュアンスで使う事が多い様です。おそらくその原因は、ダメな批判批判に悩まされてきた経験が多いからでしょう。その為、批判批判という言葉を色付きで見てしまいがちなのです。
もっとも、色付きで見られるといえば「ニセ科学批判」という言葉自体がそうだとも思えます。
改めて簡単に書きますと
ニセ科学批判:ニセ科学を批判する事。個別の批判行為の総体。「スポーツ」という名前のスポーツが存在しないのと同じ意味で「ニセ科学批判」という名前の行為は存在しない。
ニセ科学批判批判:ニセ科学批判を批判する事。ダメなものも良いものもある。
となります。
そこでここでは、ダメな批判批判と良い批判批判を選り分ける試みをしてみたいと思います(勿論「選り分ける」と言っても、グレーゾーンを挟んだグラデーションで繋がっている・・・と考えるのは、いつもの事ですが)。
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