#0. はじめに
皆様こんばんは。
最近はまたもや公私ともにストレスフルな状況が続いており、ついつい色々と考えてしまいます。近頃頭に浮かぶのは「人間は感情の動物である」というフレーズです。これ自体は広く知られているシェイクスピアの言葉ではありますが、私はこれを「人は快不快の感情を原動力として動いている」と解釈しています。例えば私自身は可能な限り理性的かつ論理的に施行し行動しようと心掛けていますが、そうした心掛けさえも「快不快の感情に根差したもの」だという訳です。
ちょっと解り難いですね。なので続きはエンディングに。
暫しお付き合いください
1)イラン情勢
イランで起こっているのは単なるデモではない。全土に渡り同時多発的に発生した反政府デモはもはや革命運動と呼ぶべきレベル。これに対して政府当局は極めて強権的・暴力的に抑圧している。即ち全土に戒厳令を敷きインターネットを遮断しスターリンクもジャミングした上で、既に少なくとも二千人以上の民衆を殺害し、更には「デモ参加者は死刑」との方針まで打ち出している。これは近年稀に見るレベルの大規模な人権侵害であり、最大級の非難に値する。
しかし日本や西洋のオールドメディアや「人権派」の皆さんの反応は驚くほど鈍い。国内でも当初は全くと言って良い程取り上げられず、高市首相のTwitterでの発言を見てようやく報道され始めた様に見受けられる。しかもその報道の中にも「既に鎮圧されたデモ」といった政府当局の言い分を垂れ流しレベルのものさえ見られる。
もう少し「人道」とか「人権」とかを真面目に考えた方が良いのではないか。
2)日中関係その他
もはや日本に対して打つ手が無くなってきた中国、軍民両用(デュアルユース)品の輸出を全面的に禁止すると言った舌の根の乾かぬ内に「民生品は対象外」と言い出した。そんなの厳密に区別できる筈も無く、実効性を伴わない「口だけ制裁」の可能性が高い。
そうかと思えば韓国に急接近しパンダ貸与の協議を始めたり「日本の軍国主義と共に戦った」などという事実に反するナラティブを吹聴したりしている。
北朝鮮と戦争を続けている(現在はあくまで一時的な休戦状態)韓国にまで粉を掛けるとはいよいよ進退窮まってきた印象を与える。
一方のトランプ政権。グリーンランドに食指を動かしているのは単にデカいからではなく、北極海における中露のパワーバランス牽制の意味があると見ている。ただその点を別にしてもトランプ政権の暴走は目に余る。国際機関からの脱退、ICEの暴走、そして反ワクチンなど。こちらも非常に頭の痛い問題。
3)高市政権の動向
そうした中、小泉防衛大臣は自衛隊員の士気高揚に邁進し(こういう所は実に上手い)高市首相は韓国の李大統領と「ドラム演奏」首脳会談を行った。こうした動きの速さは(勿論満点とは言えないまでも)安倍政権以来ではないだろうか。
1)どっちに転んでも非難する公邸のバリアフリー化
既に多くの方が御存知の通り「高市首相の引っ越しに合わせてバリアフリー化が行われた」というのはデマだった。このデマを流したオールドメディアが揃いも揃って無反省なのはいっそ壮観ですらある。その一方で今度は「バリアフリー化しない」事を非難する人も出始めて、まさに「どっちに転んでも高市非難だけは止めない」往生際の悪さ。
しかしちょっと待って欲しい。公邸での「通常のバリアフリー化」は既に行われている様だ https://www.j-cast.com/2026/01/14511009.html?p=all 。まっとうな高市批判は大いにすべきだが、もう少し事実を確認してからにして欲しいものだ。
2)どれほど無理筋でも止まらない「高市下げ」
と言いたくなるくらい、無理筋の「高市下げ」が止まる気配は無い。年初から公職選挙法違反(冤罪)を狙った「偽年賀状事件」に始まり、未だに日中関係の悪化を高市答弁のせいにし、極めて薄弱な根拠に基づき「統一教会とズブズブ」と言い募る。遂には国民民主党玉木代表にもデマのとばっちり。こういうの、やればやるほど逆効果なのだが、エコーチャンバーの中に居る人には見えないんだろうね。そう、実は「壺の中に居るのはあんた達」なんだよ。
そして立憲民主党は相変わらず人権を無視し続けている。個人の信仰を暴く事は(たとえ公人であっても)重大な人権侵害なのだが、全くそれが解っていない様だ。もぅ本当に「立憲」を名乗るのを止めて欲しい。
3)反ワクチン政治家は退場せよ
反ワクチン政治家と言えば何と言っても原口一博議員。今回とうとう身内の立憲民主党筑紫野市議員の段下李一郎氏から公式に批判された。言うまでも無く理は段下市議にあるのだが、党は原口議員を庇って段下市議を粛正する様な気がして仕方が無い。議員の椅子に目がくらまずに自浄能力を示せるかどうかが問われている。
そして議員の椅子と言えば国民民主党のきどかおり氏。ワクチンに懐疑的な態度(という建前の反ワクチン)を取っているにも拘わらず「名古屋スタディ」を知らなかったそうだ。本当に知らなかったのなら深刻な勉強不足だし、知っていて無視したのなら筋金入りの反ワクチン。いずれにしても国会議員には完全に不適格。
改めてくぎを刺しておきたい。国民民主党は、どれだけ候補者が欲しくても反ワクチンやスピリチュアルを公認してはならない。過去の過ちを繰り返すな。絶対にだ。
1)高額療養費自己負担額引き上げ問題
以前から取り上げているこの問題、確かに昨年度の案と比べると多少の改善がみられる。しかし「大変な状況に陥っている少数の人の負担を重くする事により、そうでもない大多数の人々の負担をごく僅かに軽減する」という本質が変わっていない以上、絶対に反対。
そもそもこの話が出てきた背景には「医療費を含む社会保障費の削減」という財務省の方針があったので、そこからしてダメダメ。
何度でも強調したいが、医療とは巨大産業であると同時に社会インフラでもある。更に言えば日本の医療のコスパは世界でもトップクラス。医療に於いては(於いても)「アクセスと質とコストの全ては同時に満たせない」というトリレンマが良く言われるが、これまでは医療者の自己犠牲によってこれを満たしてきた。しかしもはや限界。という事でコスト増を求めたり集約化によるアクセス制限を進めたりしようとしている。
しかしこの考え方には大きな抜け穴がある。それは勿論「政府の財政支出を増やせばコストが賄える」という視点。即ち財政出動によって質とアクセスは維持できるのだが、従来は財務省主体の「とにかく政府は金をケチる」方針が徹底されてきたので社会保障費は削減の一択だった。しかし、それこそが大間違いだという話をしている。
2)財務省陰謀論批判は的外れ
さて、こうして財務省批判をしていると「財務省陰謀論」みたいな的外れな批判を受ける事がある。だがそういう事を言う人は、財務省の権力と巧妙さを理解していない。財務省の権力は多岐にわたるが、何と言っても最大のものは「歳入と歳出の両方を掌握している」点にある。予算編成の原案を作成するのも増税など国民負担増の案を出すのも財務省。それでいて建前は「政治家の言う事を聞いているだけ」だと澄まし顔。
実際には政治家本人に「誤説明」を繰り返したり有識者会議(最大のものはあの財政審)のメンバー選定を通じて自分達の意を通したりする手法を繰り返してきた。その結果として明らかにトンデモない政策が主張されたり実行されたりしてきた。その実例は枚挙に暇が無い。具体例が見たければ、このブログ内でも私のtwilogでもどちらでも良いが「悪行三昧」で検索してみて欲しい。私はこの単語を「財務省の悪行三昧」以外の意味では使っていないので、ヒットするのは全て財務省批判(そしてその殆どが具体例)である筈(一例 https://x.com/_pseudoctor/status/1656313313297580032 )。
更に言えば財務省陰謀論そのものにも繰り返し反論している。こちらもブログやTwilogを「財務省陰謀論」で検索して頂ければ幾つもヒットする筈(一例 https://pseudoctor-science-and-hobby.blogspot.com/2024/12/pseudoctor2024121blog27.html#1 )。
3)参考情報
最後にいつもの参考情報を参考まとめに載せてある。景気を良くする為には財政出動と金融緩和を両輪として推進すべき。その意味では植田日銀は大きなリスク要因。一方で財政出動の裏付けたる政府債務(いわゆる国の借金)は一貫して増やし続けるべきもの。実際、世界中何処の国でもそうやってきたし「失われた30年」以前の日本もそうやってきた。そして、これを強引に減らそうとすれば深刻な不況に陥るのは、すでに実証済み。
#税収を財政支出の制約条件にしてはならない
#国債は借金ではなくむしろ国債こそが財源である
1)動画公開による迅速な対応
栃木県の県立高校での暴行動画がSNSに投稿された件、県警が異例の速さで対応した事が話題となった。学校や教育委員会にどれほど訴えても解決に結びつき難い実情と比べるとまさに雲泥の差。要するにこれは「騒ぎを大きくすれば無視できなくなる」という事。確かに効果的ではあるが、幾つもの問題を孕んでいる。
①今回の動画はおそらく加害者側が撮影したもの。つまり自爆。殆どの事例で被害者が撮影して公開するのは著しく困難だと思われるので、実際には使い難い手段ではある。
②勿論、正規の手続きではない。こういうやり方が一般化してしまうと社会の秩序や司法制度にも悪影響を及ぼす。
③では正規の手続きとは何か。それは次項に。
2)学校や教育委員会の対応に批判が集まる
これまで散々言われてきた事だが、学校や教育委員会は基本的にいじめを揉み消し隠蔽する。ただそれはインセンティブから考えればむしろ当然とも言える。つまり現状の学校は基本的に児童生徒を「管理」する為の組織なので、不祥事の発生はマイナス評価。なのでいじめ事案も「なかった事」にするのが最も高評価となり、真摯に対応した方が低評価となるからだ。更にこれは(少数ではあるが)教師がいじめ被害者になった場合でも同様。故に前項の如く「強引に明るみに出してしまえば良い」となりかねない。
学校が教育の為でなく管理の為の組織に成り下がっている現状が問題の本質ではあるのだが、そこの改善が当面は見込めない現状では「初動から警察に任せる」のが最善手となるだろう。勿論、警察組織といえども必ずしも無謬でもなければ正義の味方とも限らない。しかし以前から指摘している通り「いじめとは犯罪」なのだから、対応するのに最もふさわしいのはやはり、警察なのだ。
3)過去事例
最後に過去の事例をまとめておく。参考まとめには単なるいじめに留まらず、教師への暴行、補助教員による性加害、教師による盗撮、家庭内での虐待など様々な事例が含まれている。これらには共通する病理があると考えるのでまとめた。
その共通項とは「閉じた世界の内側における加害行為」だ。特に学校とは殆ど全ての人が経験する世界であるにも関わらず、外部から隔絶した空間といえる。それにより学校の内部だけで通用する有形無形のローカルルールが多数存在し、それが様々な問題を引き起こしていると考える(例えば「掛け算の順序問題」とかもそう)。
なので理想を言えば学校をもっと開かれた存在にして、そこで何が行われているのかを誰でもチェックできる体制になるべきだと考える(実現は相当に難しそうだが)。
1)余りにも堂々とフェイクニュースを流すFLASH
オールドメディアのフェイクニュース垂れ流しは毎度の事とは言え、あまりにもアカラサマだと流石に呆れる。今回のFLASH記事の主旨は「菅直人元首相が認知症になり東日本大震災の事も覚えていない」というものだが、問題なのはそこに「東京電力は現地から撤退する方針を示したが、理系で原発にも精通していた当時の菅首相は東京電力に乗り込み、経営陣を怒鳴りつけて撤退をやめさせた」という大嘘をシレッと混ぜ込んだ点。まず「東電の撤退方針」というのもデマ(最大限好意的に解釈しても誤解)だし、故に菅元首相が「撤退をやめさせた」という事実も存在しない。
むしろ元首相は「現場に乗り込んで怒鳴り散らして帰っていった」という「歪んだヒロイズムの体現」とでも言うべき醜態を晒したのが事実。なのにこんな風にアッサリと歴史修正が成されてしまう現状は本当に恐ろしいと思う。救いなのは当時の状況をソース付きで証言してくれる人達がまだまだ居る事だが、これも永久に続けられる訳ではない。公式な調査報告書が複数存在しているのにこれなのだから、全く度し難い。
ちなみに本当に「逃げた」のは朝日新聞。
2)「陰謀論と排外主義」共著者関連
前回も https://pseudoctor-science-and-hobby.blogspot.com/2026/01/pseudoctor202611blog79.html#4 で取り上げた件の続報。最大の注目人は「ちだい」氏。菊池誠さんと対談する予定になっているが、菊池さんをブロックしたという情報もあり、実現するかどうかは未だ不透明。どうやらすぐに逆切れして罵倒するしか能の無い人らしいから、対談も取り止めになってしまう可能性は十分にある。
また相変わらず「陰謀論と排外主義」の共著者陣は「横川氏による菊池さんへの暴力予告」を擁護している。黒猫ドラネコ氏に関しては前回述べた通りだが、今週最も残念だったのは藤倉善郎氏。氏にとっては暴力予告すら「面白いかどうか」が興味の中心らしい。そういえばカルトにツッコミを入れていたのも「面白がってやっていた」と腑に落ちる所もある。別に面白がる部分があっても良いんだけど、それでも「真面目に取り組む部分・ユーモアに包んで皮肉る部分・ネタにして面白がる部分」のメリハリは付けるべき。その区別が付けられない人とでは、当然ながら真面目な話は出来ない。
3)その他反原発
しかし残念ながら上述の事例は言わば氷山の一角であり、もうじき震災から15年も経とうとしているのに、未だにデマを垂れ流したまま謝罪はおろか訂正すらしない連中は何人も居る。とはいえ、今更彼奴等が心を入れ替えて反省するとも思えないので、せめて、デマはデマだと打ち返しておきたい。
やみのま~
まずはLIVE Infinity。流石に最近はLIVEするペースが少々落ちていますが、それでも9人目のUSレアとなったナターリアは現在150階まで到達しています。
まぁ確かに疲れ気味ではあるので「こんな時もあるさ」と思って、無理のない範囲で続けていきます。
#デレステ
以上、PseuDoctorがお送りしました。
ではオープニングの続きです。私自身がなるべく理性的かつ論理的に行動しようとしているのは、その方が「気持ちいい」からです。逆に言えば感情的になったり非論理的になったりするのは「気持ち悪い」のです。これをプライド、矜持、その他どんな呼び方をしても構いませんが、私の行動基準と価値判断の根底にあるのは「自分が気持ち良く過ごせるかどうか」にかかっています。たとえ嫌な事をしなければならなかったとしても「それをしなければもっと嫌な思いをする」と考えたから行動するのです。
そしてそれは誰でも同じだと思うのですね。ただ異なるのは「どの様な事を気持ち良く感じるのか」という点です。他者の苦しむ姿を見る事や他人を踏み付けにして優越感を得る事に快感を覚えるのであれば、それを目指して行動する事でしょう。
何だかこう書くと身も蓋も無い話の様に聞こえるかもしれませんが、この「何に快感を覚えるか」というのが重要なポイントだと思いますので、その話はまた次回にでも書きましょう。
Twitter(X)から来られた方も、直接読まれた方も、お疲れ様です。
今週もお粗末様でした。
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