コミケを風疹から守り隊

2011年7月7日木曜日

京大入試問題漏出事件に関する、ありがちな誤解

(この記事は2011年3月に書いたものですが、震災の影響により公開のタイミングを逸していました。しかし本日(2011年7月7日)、本人が不起訴処分になったという報道がありましたので、この機会に公開する事にします)

もう散々話題になったので殆どの皆さんが既に御存知と思いますが、京都大学の受験生が携帯電話を股に挟んで左手で操作してYahoo!知恵袋に試験問題を投稿したという事件がありました。この事件に関しては、東京大学の玉井教授の呟きを纏めたもの、及びそれを元にした優れた解説記事があります。ですから「そちらをお読みください」で済ましても良い位ですが、まぁそれでも、私なりに「ありがちな誤解」を解く為の解説を試みてみます。

なお、以下のサブタイトルは「ありがちな誤解」そのものではなく「誤解に対する私自身の主張を端的に書き記したもの」です。

1.単なるカンニングに留まらない、試験問題漏出事件であったからこそ、警察沙汰になった。

「カンニングくらいで逮捕するなんてひどい」というのは、感情論としては理解できます。しかしそれでは問題の本質を見誤ってしまいます。大体、過去に発覚したカンニングは皆無だったのでしょうか?おそらく違うでしょう。これまでにも発覚したカンニングは存在した筈です。しかしそれらは刑事事件になっていないし勿論逮捕もされていません。感情論に走る前に、何故今回に限って事件になったのか、その点を少し考えて欲しいのです。
単なるカンニングの発覚であれば、大学の内部だけで対応できます。嫌な言い方ですが、そもそもカンニング行為そのものへの対応は、受験資格取り消し等の処分も含めて、通常の試験業務の一部であると考える事も可能です。
しかし、問題の漏出はそうではありません。試験中に問題が漏れたという事は勿論、学外へ漏出するルートの存在を意味します。これは単なるカンニングよりも遥かに大きな問題です。何故なら、そのルートの使い方によっては、試験が全く成り立たなくなる程の大混乱をもたらせる可能性があるからです(愉快犯にあまりヒントを与えたくないので具体的な手口については書きませんが)。ですから、最低限、どの様なルートだったのかを解明し、対策を立てる必要があります。
そして、その様なルートの解明には大学だけの調査能力では全然足りません。だからこそ、警察の力が必要だったのです。更に言えば、単なるカンニングとは異なる対応が必要になった為に、ただでさえ入試の採点や合否判定の為に日常よりも業務が増えているのにも関わらず、更に仕事量は増大しました。即ち、大学の通常業務は大きく妨げられたと言えます。ですから「業務妨害」に相当するのです(最終的には司法の場で決める事ですが)。
以上より「単なるカンニングに過ぎないのに逮捕された」という認識も間違っていますし「警察沙汰にする為にカンニングを業務妨害にこじつけた」という解釈も間違っています。

勿論この事は、カンニング自体の是非とは別個の問題です。

また、念の為申し上げておきますが、私は警察権力の横暴には反対ですし、今回の事件ではマスコミに個人情報をリークし過ぎだと思っています。そして、そうした問題点を追求されそうになったマスコミが批判の矛先を京大に逸らそうとしているのではないかとすら思っています。ですから、うかうかとその尻馬に乗らない様にお気を付け頂きたいという気持ちもあります。


2011年7月6日水曜日

上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍との違い

初回公開日:2011年07月06日
最終更新日:2012年08月13日
(2012年08月13日追記:この記事の姉妹編とも呼べる「良性腫瘍と悪性腫瘍、及び、放射線と癌との関係について」を書きました。そちらも併せて御覧ください)

1.これまでのお話

先日、Twitter上で「癌と『がん』との違い」について連続で呟きました。御覧になりたい方は、_taka51さんがTogetterにまとめてくださったものがこちらにありますので御参照ください。
一応、こちらでも簡単にまとめ直しておきます。

1)腫瘍の分類は「良性vs悪性」「上皮性vs非上皮性」の2軸により4つに大別される。
2)元々「癌」という言葉は上皮性悪性腫瘍を指す言葉だった(非上皮性悪性腫瘍は「肉腫」と呼ぶ)。
3)ここ数十年の間に、上皮性・非上皮性を問わず悪性腫瘍全般を「がん」と呼ぶのが一般的になった。
4)これにより「がん」という言葉に広義と狭義の2種類の意味が含まれる様になった。
5)そこで(あくまで個人的な使い分けとしてであるが)私は、上皮性悪性腫瘍のみを指す場合には漢字で「癌」と表記し、悪性腫瘍全般を指す場合は「がん」とひらがなで表記する様にしている。この様にしておけば、一般的な用法と齟齬をきたさない形で上皮性悪性腫瘍を表現できると考えたからである。
6)ちなみに、実は上皮性悪性腫瘍を指す言葉として「がん腫(癌腫)」という用語がある。しかし、この言葉は医療関係者の間でも通りが悪く、却って混乱を生じると思うので、あまり使わない様にしている。

繰り返しますが、あくまでこれは個人的な使い分けです。

2.その後の展開

上記の一連の呟きをしてから程無く、tigayam2さんからこの様なツッコミを頂きました。このツッコミの鋭いところは2つあって、1つは「中皮」という存在を出してきたところ、そしてもう1つは「上皮か中皮か区別できないとき」という状況を指定してこられた点です。
とは言え、これだけでは何の事だか解らない方もいらっしゃるでしょうから、折角ですので、もう少し詳しく述べてみます。

3.中皮とは何か

中皮とは簡単に言うと、胸膜や腹膜の表面を敷き詰めている細胞です。胸膜は胸部臓器(主に心臓と肺)を包んでいる膜であり、腹膜とは腹部臓器の一部(胃・小腸・大腸・肝臓など)を包んでいる膜です。これらの膜の表面に中皮細胞が敷き詰められています。
ここで「上皮とは身体の表面を敷き詰めている細胞である」という点を思い出してみましょう(御存じ無い方は、冒頭にリンクしたTogetterの記載を御覧ください)。「表面を覆う」という役割が共通していますので、上皮と中皮とは非常に良く似た性質を持っています。

この中皮から発生する腫瘍が「中皮腫」であり、悪性の場合は「悪性中皮腫」と呼ばれます。中皮は上皮ではないので、一応は「非上皮性腫瘍」という事になりますが、上記の如く上皮と非常に良く似た性質を持っていますので、非上皮性と言い切るのにも抵抗があります。

つまり、中皮とは生体の中でもユニークな存在であるが故に、上皮性とも非上皮性とも言い難いと考えています。従って悪性中皮腫は「癌」とも「肉腫」とも言い難く、あくまで「悪性中皮腫」と呼ぶのが最も適当であるという考えを持っています。
実際、中皮腫には幾つかのバリエーションがあります。上皮の性格を強く持つ「上皮型中皮腫」、非上皮の性質が前面に出た「肉腫型中皮腫」、そしてこれら双方の性質を併せ持つ「二相型中皮腫」などがあります。
勿論、いずれも悪性の場合には広義の意味での「がん(悪性腫瘍全般)」に含まれる訳ですが、それにしても、なかなかややこしい存在である事には違いありません。

4.更にややこしい話

続いて「上皮か中皮か区別できない場合」について述べます。中皮腫は腹膜よりも胸膜に発生する事の方が多いです(アスベストがリスク因子になります)。胸膜から発生した上皮型中皮腫が肺に進展した場合と、肺から発生した肺癌が胸膜に進展した場合とでは、見分けるのが難しい場合が出てきます。
組織型(細胞の配列や顔付き、分化傾向など)や、細胞が作っている物質(細胞骨格成分や粘液など)を調べる事により区別できる場合が多いですが、それでも見分けが付き難い場合も残ります。
大抵の場合は見分けが付くので、上記の様な例は決して多くはありません。それでも、そうした症例に遭遇した際には「肺癌か中皮腫か区別がつかない」と言うしかない事も起こり得ます。

この様な時に「解らない」と言うのは勇気がいります。実質的に違いが無いのなら、自信たっぷりに言い切ってしまった方が、言う方も言われた方も楽になるだろうな、とか思ったり。でも私は「それって、逆に不誠実な態度なのではないか」という気持ちの方が強いのです。

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