コミケを風疹から守り隊

2012年10月21日日曜日

科学報道に望むこと


初回公開日:2012年10月21日
最終更新日:2012年10月28日
(2012年10月28日追記:こちらの記事に関して幾つかの反応があり、また古田さん御本人も追加のTweetをしていらっしゃいます。それらの点を踏まえて何点か追記を致しました。括弧で括り冒頭に追:と表示した部分がそうです。また「7.その後の展開」を追記しました)

1.はじめに

今回の記事は、こちらのTogetter「科学報道を殺さないために-研究機関へお願い」を読んだ感想です(こちらのTogetter「科学報道のありかた」も参考に致しました)。最初はTogetterのコメント欄に書こうかとも思ったのですが、例によって思いの外長い文章になってしまったので、エントリにしました。

最初にお断り申し上げます。
私は古田さんを個人的に存じ上げている訳ではありませんので、古田さん御本人に対しては、何も含むものはありません。あくまで、人格ではなく御意見に対して、思うところを申し上げます。
(追:この様に書いた理由は、古田さんは個人として発言されていますので、所属機関の意見でもなければ、増してやマスコミ全体を代表する意見でもないからです。こういう場合にはどうしても個人の意見を、全体を代表する意見の様にみなして批判しがちです。ですから私自身に対してそれを戒める意味もあります)


2.古田さんの御主張

Togetterから読み取れる古田さんの御主張は、幾つかある様です。

2012年10月14日日曜日

S02-04: 「学術論文」って何だろう?


初回公開日:2012年10月14日
最終更新日:2014年05月06日
(更新の内容に関しては、コメント欄も御参照ください)


0.はじめに

今回の文章は最初、kikulogのこちらの記事のコメントとして書いたものです(コメント番号で言うと#950, #951, #976, #991, #1007です)。そもそもこれは「松下電工(現パナソニック電工)が公開していた技報は、学術論文とは似て非なるものである」事を示す為に、まずは学術論文とは何かを説き起こそうとして書き始めたものです。しかしkikulogの記事は御覧の通りコメント欄が膨大になっていますので、なかなか読むのが大変になっているうえ、私の文章も尻切れトンボになっています。
その後、私の文章に過分な評価を頂いたTAKESANさんの御厚意により、こちらのブログ記事のコメント欄をお借りして、改めて書き始めました。しかしそれも(主に私の怠惰により)中断したままになっています。
そうこうしているうちに、私自身がブログを持つ様になりました。
この文章の事はブログ開設当初から念頭にあり、全体の構成を決めた時にも入れる場所は決まっていました。しかし、やはりなかなか書けないでいる間に、時が過ぎてしまいました。
そこで、取り敢えずですが、今回はTAKESANさんの所に書かせて頂いた文章をベースにして少し手を入れたものを載せます。例によって修正の余地を残したままの記事という事になってしまいますが、どうか御承知おきください。

なお、当該の技報に関しては、古い事もあり現在パナソニック電工のHPには載っておりません。


1.「論文」の定義と意義

2012年10月8日月曜日

P02-07: ダメな「ニセ科学批判批判」と良い「ニセ科学批判批判」

初回公開日:2012年10月08日
最終更新日:2012年11月06日

(11月06日追記:コメント欄での摂津国人さんの御指摘を考慮した結果「当事者性」と記した部分の多くを「当事者意識」と改めます(但し全てではありません)。コメント欄も御参照ください)


1.「ニセ科学批判批判」という言葉


「ニセ科学批判批判」という言葉は、文字通りに取れば「ニセ科学批判に対する批判」です。ですからその中には「不毛な議論を呼ぶダメな批判」も「耳を傾けるべき提言」も含まれている筈です。しかしながら、私自身と私の知る何人かの方々は、この言葉を否定的なニュアンスで使う事が多い様です。おそらくその原因は、ダメな批判批判に悩まされてきた経験が多いからでしょう。その為、批判批判という言葉を色付きで見てしまいがちなのです。
もっとも、色付きで見られるといえば「ニセ科学批判」という言葉自体がそうだとも思えます。


改めて簡単に書きますと
ニセ科学批判:ニセ科学を批判する事。個別の批判行為の総体。「スポーツ」という名前のスポーツが存在しないのと同じ意味で「ニセ科学批判」という名前の行為は存在しない。
ニセ科学批判批判:ニセ科学批判を批判する事。ダメなものも良いものもある。
となります。


そこでここでは、ダメな批判批判と良い批判批判を選り分ける試みをしてみたいと思います(勿論「選り分ける」と言っても、グレーゾーンを挟んだグラデーションで繋がっている・・・と考えるのは、いつもの事ですが)。

2012年10月1日月曜日

P02-06: 「科学的に間違っている」はニセ科学批判の中で最も簡単な部分です


初回公開日:2012年10月01日
最終更新日:2015年03月03日


1.ニセ科学批判は「科学的な間違いを指摘する事」だけではない

ニセ科学とは「科学ではないのに科学を装っているもの」です。
ですので「ニセ科学を批判するには、それが科学ではない事を示せば良いのだな」と思ってしまいがちです。そう考えるのは、素直と言いますか、確かに自然な感情だと思います。
しかし、現実のニセ科学問題は、それほど単純ではありません。
その、単純ではない理由について、順を追って説明してみます。

まず、多くのニセ科学は「科学的に間違っている事は自明である」レベルです。ですから、少し科学に詳しければ、ニセ科学の科学的な間違いを指摘する事は、むしろ容易なのです。
例を挙げましょう。