コミケを風疹から守り隊

2022年6月8日水曜日

財務省資料「公債依存度の国際比較」のウソ

初回公開日:2022年06月08日

最終更新日:2022年06月08日


1.はじめに

拙ブログの読者なら御存知とは思いますが、私はTwitterにて(ほぼ)毎週水曜日に「週間PseuDoctor」と題して集中的に呟いております。その「週間PseuDoctor」の中で先日のスレッドにて、財務省資料の「公債依存度の国際比較」がとんでもない代物であると指摘し「どこがおかしいのか」は読者への宿題としました。すると以前からのフォロワーさんから「ブログで解説して欲しい」とのリプを頂きました。
という訳で、折角なので少し詳しく解説してみましょう。例によって長くなってしまいますが、そこはいつものことなので(^^)御容赦ください。
 2.基本事項のおさらい

まず幾つかの前提知識を確認しておきます。

1)日本政府の会計基準は世界の「異端」である。
日本政府は、世界でも稀に見る独自の会計基準を採用しています(褒めてない)。では何が独自なのかと言うと、それは「公債発行による収入を歳入に含め、公債元本の償還費を歳出に含めている」所です。即ち日本以外の国では公債を発行しても歳入は増えず、元本を償還しても歳出も増えません。参考までに拙Twitterでの呟き会田卓司さんによる解説にリンクしておきましょう。
では何故、日本以外の国ではそうなっているのでしょうか。それは先の会田卓司さんの解説にもある通り「一旦発行した国債は永久に借り換えを続けるのが国際標準」だからです。言い換えれば「古くなった国債は新しい国債と入れ替えるだけだし、そこに適宜新しい国債を追加していく(そしてその追加された国債も、古くなったら入れ替えるだけ)」だからです。

2)世界標準の会計基準、その背景にある考え方
前述した世界標準の会計基準の背景には、二つの原則があります。第一の原則は「経済活動に使用する通貨(と、その裏付けたる国債)はいずれも政府機関が作り出し国民に供給する」というものです。ここで、通貨(日本ならば日本円の紙幣と硬貨)の発行母体は中央銀行と政府です。経済が順調に発展する為には社会が必要とする通貨の量を増やし続けていく必要がありますので「安定した経済成長を望むのであれば、政府は通貨量を増加させながら安定供給する為に、通貨の裏付けである国債(≒政府債務)を継続的に増やし続ける」のです。これが第二の原則です。但し勿論、例外はあって、バブル経済で景気が過熱した場合など、通貨量を絞るべき局面も時には存在します。しかしデフレ不況の際はもとより、通常の景気状態に於いても、世界各国政府は政府債務を継続的に増加させ続けています(先進国での例外は日本のみ)。
繰り返しますが、こうして継続的に政府債務を増やしていく政策こそが世界標準です。そして過去の日本でも、明治維新以降バブル崩壊までの殆どの期間に於いて政府債務はほぼ継続的に増加し続けており、その量たるや何と「150年間で40,000,000倍(四千万倍)」にも増加しています。このデータはかつて総務省統計局がHPで公開していましたが、何故か現在では見られなくなっていますので、国会図書館のアーカイブにリンクしておきます。「5-9 政府債務現在高」のエクセルデータを参照してください。
さて上記の「150年間で40,000,000倍」のペースは言い換えれば「ほぼ6年ごとに2倍」のペース、つまり30年間あたりだと30倍以上に増やしていたのです。この「日本における政府債務の継続的な増加」が「富国強兵」「高度経済成長」の原動力でした。ちなみに最近の30年での増加は僅か5~6倍に過ぎず「以前に比べて国債発行が極端に制限されている」のが解ります。そう、これこそが「失われた30年」における景気低迷の本質だったのです。
ここさえ理解できれば、もう後は読まなくても良いくらいです(爆)。本末転倒な言い草にも思えますが、そうではありません。何故ならここは「経済政策の本来の目的は何か」という、国家の行く末に掛かる大きなポイントだからです。
以上より、今の日本で大手を振ってまかり通っているデマ、即ち「政府債務(いわゆる『国の借金』)が増えて大変だ、減らさなければ」などという世界標準からかけ離れたプロパガンダが堂々と流布されているバブル崩壊後の日本社会は(政府も行政も財界も有識者も)ごくごく控え目に言って「狂気の沙汰」です。
なお「国の借金は増やし続けるべき」に関しては、過去に拙Twをぶたやまさんがまとめてくださったものがありますので、そちらもご参照ください。

3)公債依存度の「日本における」定義
さて、どちらがオマケか本題か解らなくなってしまいましたが(爆)ここからは公債依存度の話です。まずは前提として、その定義を確認しておかなければなりません。ネットで検索した限りでは「歳入に占める公債発行額の比率」と「歳出に占める公債発行額の比率」との2つの定義が混在している様です。
これを見て「歳入と歳出は等しいのだから、どちらでも同じでは?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。確かに日本政府独自の会計基準ではその通りであり、どちらの定義でも同じ値になります。しかし既に述べた通り、他の国では違います。その事は当然の如く「国際比較」をする際に問題となってきます。
つまり「公債依存度の国際比較」と称するデータを見る場合には「公債依存度をどう定義しているか」「その意味するところは何か」を慎重に判断しないとミスリードさせられる危険性があります。
とりあえずここでは上記の定義に従い、令和3年度当初予算における公債依存度を確認してみましょう。財務省HPにある資料の9ページを見れば、計算するまでもなく歳入(=歳出)に占める公債金の比率は「40.9%」だと解ります。この数字は覚えておいてください。

3.国際比較をする際の公債依存度の定義

以上述べた点を前提として、いよいよ分析に入りましょう。問題の資料(PDF)はこちらにあります(魚拓はこちら)。上で述べた通り、まずは本資料における公債依存度の定義を確認しましょう。資料によれば

公債依存度=収支尻/歳出=(普通入ー歳出)/歳出

となっています。あれれ?おかしいですね。公債依存度とは「歳入もしくは歳出に占める公債発行額の比率」ではないのでしょうか。どうして式のどこにも「公債発行額」が無いのでしょうか。はい、もうお分かりですね。日本以外の政府では公債発行額は歳入に含まれません。従って日本式の定義に従ってしまうと「日本以外の全ての国で公債依存度はゼロ」となってしまいます。これではいかにも不自然ですし、何より「日本だけ国際標準とは違う事をやっている」のがバレバレです。
それではマズいとばかりに、苦し紛れにひねり出した屁理屈が「歳入と歳出の差を取る」です。「えっ、歳入と歳出って同額じゃないの?」と思った貴方、はい、「日本政府独自の会計基準」では確かにその通りです。しかし他国ではそうなっていません。それは何度でも繰り返しますが「国債発行収入を歳入に含めず、元本返済を歳出に含めない」からです。その一方で先に述べた通り、どの国も国債を継続的に増やし続けており、国債増発で増やした分のお金を支出に回しています。つまり日本以外の国では(景気が過熱しすぎない限り)「歳出>歳入」となっているのが普通なので、この差額が国債を増やした分(いわゆる財政赤字)とみなせます。以上より(少なくとも上記資料に於いては)国際比較をする際の公債依存度を「財政赤字(≒国債増加分)が歳出(←勿論、国際基準での歳出です)に占める比率」と定義していると判断できます。
まぁ、この定義にもそれなりの妥当性はあります。例えば歳出の全額が公債で賄われているのなら公債依存度は100%だし、公債の追加発行がゼロならば公債依存度も0%になります。しかしそれもあくまで「財政赤字が歳出に占める比率」という定義に従って正確に算出されている場合に限って、の話です。

4.国際比較をする為の日本の「公債依存度」の算出

という訳で、真面目に国際比較をするつもりがあるのなら、上記の定義、即ち「財政赤字が(国際基準の)歳出に占める比率」に従って日本の「公債依存度」を計算する必要があります。そこで、令和3年度当初予算における日本の「公債依存度」を計算してみましょう。参考資料は先ほど2.の3)でもリンクした財務省HPにあるこちらの9ページです。これによると
歳入:1,066,097
公債:435,970
歳出:1,066,097
債務償還費:152,330
(単位:億円)
となっています。勿論、歳入と歳出は日本独自の定義による数字です。なので財政赤字は
(歳入ー公債)ー(歳出ー債務償還費)
で算出できますから、ここに上記の数字を代入します。
(1066097-435970)-(1066097-152330)=-283640
これを国際標準に合わせた歳出、つまり(歳出ー債務償還費)で割ります。
-283640/(1066097-152330)=-283640/913767≒-0.310
つまり約31.0%となります。この数字は、アメリカやイギリスよりは高いですが、フランスやドイツよりは低い値ですね。
……あれ?でも、さっき2.の3)で見たばかりの「公債依存度」は確か、40.9%でしたよね。同じ資料から計算したのに、随分と値が違います。何故でしょうか。
などと白々しく書きましたが、違うのは当たり前です。だって「(日本独自基準である)公債が幾らあるのか」と「(国際比較と称する基準の)公債をどれだけ増やしたか」とでは、どう見ても別々の数字なのですから。
さぁて、困りました。繰り返しになりますが「日本独自基準の公債依存度」を諸外国に当てはめると、日本以外の国は全て「0%」になってしまいます。それでは都合が悪いので、苦し紛れに「財政赤字の比率」なる定義をひねり出しましたが、今度は日本の「公債依存度」が従来の数値よりも大幅に減少してしまいます。どちらにしても都合が悪いので、何とかしてこれらの辻褄を合わせたくなります。

5.「国際比較」と称する数字のカラクリ

そこで改めて資料を見直してみましょう。そこでは「歳入ー歳出」ではなくて「普通入ー歳出」となっています。ここで「普通入」という聞き慣れない単語が出てきたので、どうやらこの辺りにカラクリがありそうです。同資料の注4によれば「国際比較の観点から、日本の普通入は歳入から公債金及び前年度剰余金受入を除いて算出したもの」だそうです。つまり
普通入=歳入ー公債金ー前年度剰余金受入
な訳ですね。ところで(しつこいですが)日本の基準では「歳入=歳出」なので
普通入ー歳出=歳入ー公債金ー前年度剰余金受入ー歳出=ー公債金ー前年度剰余金受入
となります。
ここで日本以外の国では、前年度剰余金はともかく、公債金は最初から歳入に含まれていないので、ほぼ「普通入=歳入」とみなせます。つまり日本以外の国では歳入でも普通入でも変わらない訳です。
なるほど、うまいこと考えましたね。この様な式にすれば日本の場合は従来と同じ数値になり、かつ、一見すれば諸外国と「国際比較」している様にも見えます、見かけ上は。
でもそれって、インチキですよね。本当に国際比較をするつもりなら、上記4.で示した通り、日本の「公債依存度」は31.0%になる筈です。でもそうなっていないのは何故か。それは「歳入の方だけ国際標準に合わせて、歳出の方は日本独自基準のまま」だからです。つまり単純化して書くと
諸外国の公債依存度=財政赤字/歳出
日本の公債依存度=(財政赤字+既存国債償還分)/歳出
となります。要するに、わざわざ異なる様に定義したものを比べておきながら「国際比較」などと称している訳です。

如何でしょう。私が「とんでもない代物」と評した訳がお解りいただけたでしょうか。

6.まとめ

日本以外の国では国債発行収入を歳入に含めず、元本償還費を歳出に含めない。
その理由は「一旦発行した国債は満期が来ても借り換えるのが当たり前」だから。
更にその理由は「政府は通貨量を継続的に増やすのが当たり前」だから。
以上より「国際比較」をする為には、どちらかに基準を合わせる必要がある。
日本の基準に合わせると、日本以外の全ての国で「公債依存度」はゼロになる。
日本以外の基準に合わせると、日本の「公債依存度」は従来と大幅にズレてしまう。
そこで、日本の基準と日本以外の基準を混ぜる事で、これらの辻褄を合わせた。
その為、結果として「本来なら異なるものを比較している」事になってしまった。
こんな事をした理由はおそらく「日本の公債依存度は世界最悪レベル」という嘘を吐く為だと推測する。

7.謝辞

本記事を書くきっかけになった岩井和教さんに感謝致します。文字数を(あまり)気にしなくて済むブログだと伸び伸びと書ける反面、つい筆が走り過ぎてしまうきらいがありますが、まぁそこは御容赦いただきたく。
また、本文内でリンクした幾つかの貴重なデータをネットで公開してくださっている点に関して、それぞれの関係者各位に感謝申し上げます(財務省もね)。
だって、データを隠蔽されちゃったら分析も不可能なのですから。


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