コミケを風疹から守り隊

2012年3月31日土曜日

消費税増税の光と闇

初回公開日:2012年03月31日
最終更新日:2013年05月28日

(当ブログでは2本目の経済関連記事となります。浅学非才を省みず畑違いの分野に口を出すのは「このままではいけない」という危機意識の現われだと思ってください。また、以前の記事を含む各分野の記事を一覧したい場合には、記事末尾にあるラベル(タグ)を御利用ください)

1.私は必ずしも「消費税増税」そのものに反対している訳ではない

2012年3月30日、消費税増税法案が閣議決定されました。民主党内の事前審査での根強い反対意見を押し切る形です。「何としても年度内に法案提出する」という野田政権の強い意志が反映されたものと言えるでしょう(それでも努力目標とはいえ弾力条項が入ったのは、一定の成果と言えるでしょう。しかし全く予断を許さない状況です)。
サブタイトル通り、私は必ずしも消費税増税そのものには反対しません。しかし、現在の経済状況の下での増税には反対です。理由は大きく3つあります。
1)そもそも増税の必要性そのものに疑問がある。
2)増税してもそれほど税収は増えない。結果として悪循環に陥る。
3)現在でも不況で苦しんでいる多くの国民が更に苦しめられる。

その一方で、以前から抱いている幾つかの「素朴な疑問」があります。
1)野田政権は何故これほどまでに増税をしたがるのか。
2)そもそも「税と社会保障の一体改革」とは何なのか。
3)大手マスコミ、特に大新聞は何故、概ね消費税増税に賛成の論調なのか。
4)「増税するなら国会議員も身を切れ」という意見は妥当なのか。

これらに関して、以下、個別に解説していきます。



2.増税は本当に必要なのか

そもそも増税とは「国のお金が足りない」からするものです。でも、本当に、国のお金は足りないのでしょうか。こういう議論で必ずと言って良いほど出てくるのが「国の財政事情の悪化」です。そしてその中で最も強調されるのが「国の借金がGDPの2倍を越えている」という話です。
確かに、これだけ聞くと大変な事態に思えますが、これには少なくとも4つのゴマカシ(と言って悪ければ、誇張)があります。

まず「国と個人とは違う」という点の無視ないし軽視です。個人には寿命があります。もし死ぬまでの間に借金を返さないと、それは「マイナスの遺産」となります。遺族は、財産より借金の方が多い場合は「相続放棄」を行う事が出来ますので、借金まみれの人が死んでしまった場合、貸し手は大損です。従って貸し手は原則として「生きている間に完済して貰う」のを目指します。
しかし国には寿命がありません。勿論政治体制の変化や経済状況の悪化により借金が返せなくなる場合もありますが、それは個人の場合も同じです。従って一般的には、国の借金は個人よりも長いスパンで返す事を考えれば良い訳です。
2つ目は「国の借金と言いながら、実は政府の借金である」点です。そして「政府の借金」の最大の貸し手は、実は、国民です(銀行預金等を通じて間接的に国債を買っている)。従って、国の借金が返せないという理由で増税するというのは、見方を変えれば、国が国民に対して借金の棒引きを迫っているとも解釈できます。果たして、それで良いのでしょうか。
3つ目です。借金の総額が幾らなのかよりも、それを返していけるかどうかの方が、より本質的な問題です。額が大きくても将来に渡ってきちんと返済していける見通しがあれば良いですし、額が少なくても返せなければ困る訳です。この点を端的に示しているのがプライマリーバランスであり、これが黒字なのか赤字なのかが大きな問題です。その点に関しては、かつて盛んに議論されていたと記憶していますが、最近ではあまり話題になっていない様です。どうしてなのでしょうか。
4つ目です。「対GDP比率」が問題であるのなら、GDPの方を増やす事を考えても良いのではないでしょうか。つまり、経済を成長させるという事です。しかし、今の政府・財務省・日銀はこぞって経済成長を否定している様に見えます。これは極めて深刻な問題であり、この後も繰り返し出て来ますので、覚えておいてください。

3.増税すると税収は増えるのか

前項の様に、増税の必要性自体についても疑問がある訳です。仮に、とりあえずそこは譲って、一応、増税の必要性はあるのだという事にしてみましょう。しかし、そうしても今度は、次の問題が出てきます。それが「増税すると税収は増えるのか」です。
仮に(しつこいですが)、本当に国のお金が足りないのだとすれば、そして、後で述べる通り、社会保障を拡充させる為にお金が必要なのだとすれば、それこそ、税収そのものが増えるのかどうかが最大の問題である筈です。
普通に考えると「払う税金が増えるのだから、国に入るお金が増えるのだろう」と考えがちですが、必ずしもそうとは限りません。
ここで、極めて単純化すると、税収は次の式で表わせます。

  税収 = GDP × 税率

勿論、税の種類や対象によって税率は一定ではありません。その意味でこの式は単純化し過ぎています。しかし、国全体の傾向を捉える為には、こうした単純化が役立つのです。
さて、この式を眺めていると、幾つかの事が解ってきます。
1)税収を増やすには、GDPを増やすか、税率を上げれば良い。
2)税率を上げてもGDPが下がってしまえば、税収はそれほど増えない、下手をすれば減りかねない。
3)GDPが増えれば、税率は不変でも税収は増える。
これらは、同じ事を形を変えて言っているに過ぎません。元が一つの式なのですから、当然と言えば当然ですね。

ここで、最も警戒しなければならないのは、2)で示した「税率は上がったけれどGDPは下がった」という事態です。
今の社会状況で消費税増税を強行すると、その様になる可能性が極めて高いと考えます。これが「現状での消費税増税に反対する」大きな理由の一つです。

もう少し身近な例で示してみましょう。
消費税が上がると、同じ買物をした時に払うお金が増えます。給料が上がった訳ではないので、そのままでは家計が苦しくなる一方です。ではどうするか。より安いモノやサービスを選ぶ、必要の無い出費をなるべくしない、という行動を取るのが自然です。そうすると、モノやサービスを売っている企業の業績は悪化します。景気は悪くなり、社員の給料も上がらないか、むしろ下がります。そうすると益々お金を使わなくなり、消費税の税収も減っていきます・・・これがいわゆるデフレスパイラルです。

要するに「今の日本はデフレスパイラルによる不況に陥っている。にも関わらず増税を強行すれば、その傾向に拍車を掛ける。つまりGDPが減少するので、結果として税収はそれほど増えない、下手すれば減るのではないか」という危惧を抱いているのです。
逆に言えば、GDPが増えれば、税率を上げる必要性も減少するのです。持続的な経済成長を実現する事は、国民の幸福に寄与する(この点は後述します)ばかりでなく、国の財政事情も好転させるのです。

ところが、どうやら世の中には、それでは都合が悪い人も存在するらしいのです。ここでは仮に「増税原理主義者」と呼んでおきましょう。私が想定する「増税原理主義者」の特徴としては、
・経済成長が実現すると増税しなくて済む事がバレてしまうので、成長などしない方が良い
・実際の税収の額よりも、形式的な税率の数値の方が大事
などが挙げられます。具体的にどういう人を「増税原理主義者」と呼んでいるかと言いますと、例えばこちらのTweetに登場する様な人達の事です。

4.「もはや日本経済は成長しない」というのは本当か

「そうは言ってもやはり増税は必要だ」とする意見の根拠になっているのがサブタイトルに書いた内容です。つまり「日本は少子化・高齢化が進んでいるので、もはや経済成長は見込めない(GDPは増えない)。だから増税すべきだ」という意見です。
しかし、この意見には明確な根拠がありません。
例えば「少子化が進めば人口が減少するので成長率が減少する」という意見に対する反論としては、この様なデータがあります。あるいは「高齢者が増えれば働き手が減って経済成長しなくなる」というのは理屈として正しそうにも思えるけれど、寡聞にして私はそういう意見を支持するデータを見た事がありません。今の日本の現状を見ますと、むしろ若い人の方が、働き口が無くて困っている状況に見えます。これは、少子化・高齢化にも関わらず未だ日本には成長の余地があるという事を意味しているのではないでしょうか。

少なくとも、日本には今よりも更に経済成長をさせる手段が残っています。それは財政と金融(現状では特に後者)です。つまり日本国の中央銀行である「日本銀行」が、もっときちんと機能する事です。アメリカのFRBを筆頭として、先進国の中央銀行は何処も、自国の経済を活性化させ経済成長を持続させる為に腐心しています。それに比べれば日銀など存在していないに等しい、いや、経済の悪化を放置し続けているのにコストは食っているのだから、存在しないより悪いとすら言えます。
そうした日銀(や財務省や政府)の不作為をごまかす為には「少子高齢化により経済成長は望めない」という事にしておけば、彼らにとっては、とても都合が良い訳です。何も努力せず、誰からも責任を追及されずに済むのですから。

この「如何にして経済成長させるか」というのは非常に重要なテーマなので、出来ればもっときちんと述べたい所ですが、そうするとこの記事が2倍くらいに長くなってしまいますので、今回は涙を呑んで割愛します(2013年5月28日追記:この件に関しては、いわゆる「アベノミクス」についての記事を書きましたので、そちらを御参照頂ければと思います)。

5.消費税とは「景気動向に左右されない安定した財源」なのか

消費税の必要性を「御説明」する財務省のお役人は、しばしばサブタイトルの様な事を言います。確かに所得税や法人税などは収入(から必要経費を引いた部分)にかかる税ですから、収入が増えれば税金も増える反面、収入が減れば税金も減る、赤字になれば無税になってしまいます。
しかし、それは消費税だって同じ面を持っている筈です。景気がよくなって皆が沢山買物をする様になれば、消費税収は増えるし、景気が悪くなってあまりお金を使わなくなれば税収は減るはずです。

一体「景気動向に左右されない安定した財源」とは、どういう意味なのでしょうか。

ここで「増税原理主義者」の考え方を思い出してみましょう。彼らは、経済成長を前提としていません。つまり彼らの言う「景気動向に左右されない」とは「景気が悪くなっても税収が減らない」という意味なのです。
でも、おかしいですね。前述した通り、景気が悪くなれば消費税収だって減る筈です。景気が悪くなっても税収をそれほど減らさずに済む様な裏技があるのでしょうか。

あります。

最も単純に出来て確実なのは「生活必需品にもきっちり課税する」事です。お金が無くなって生活が苦しくなっても、生活必需品を買わない訳にはいきませんから、それらに課税しておけば、景気が悪くなっても税金を取り続けられます(勿論、国民はその分、より苦しい思いをする事になります)。
これは日本の消費税を論じるうえで、極めて重要なポイントです。例えばヨーロッパの多くの国々では、通常の消費税率は日本よりも高い(増税派はこの情報だけを都合良く取り出します)ですが、生活必需品である食料品や医薬品は税率が低かったり無税だったりします。こうした軽減税率措置の根底にある思想は「貧しい人や困っている人からはあまり取らず、富める人からより多く頂く」という考え方です。これはとても理に叶った考え方であり、有名なところでは所得税の累進税率などに反映されています。しかし日本の消費税はそうなっていません。それどころか逆に(ここは記憶に頼って書いているので曖昧ですが)確か消費税の導入時に、贅沢品に対する課税を廃止していた筈です。
要するに、日本の税制は、かつての「多く持っている人から余分に頂く」という考え方から「取り易い所から取る」という考え方に変化してきていると考えます。

但し、軽減税率を導入する場合には、そこに利権が発生しないように、軽減税率の対象を公の場できっちり議論する必要があります。間違っても官僚に軽減税率の対象を決める(事実上の)決定権を与えてはいけません。さもなければ、例えばこの様な事態が生じてしまう(既に生じている?)からです。

6.増税するとどれだけ国民は苦しむのか

ここまで、主に「増税は更なる景気の悪化を招く」という点を中心に述べてきました。
ここで、景気の悪化がどれほど我々を苦しめるかを考えてみましょう。
景気が悪くなると、多くの人々が苦しみます。商売が上手くいかなくなり一家が離散したり、心中したりする人も出てきます。実際、我が国の自殺者数の推移を見てみますと、バブル経済真っ只中の頃は年間2万人程度だったのに、バブル崩壊後は3万人を越え、しかもこの状態が14年連続で続いています。
断定は出来ませんが、この2万人と3万人の差、つまり年間1万人の自殺者が、景気が悪い為に死んでいる人達だと推定しても大きくは外れていないでしょう。そうすると、14年間で14万人の人が、景気が悪いせいで死んでいったという事になります。
これは、地方の中規模都市の人口に匹敵する数です。

ちょっと、想像してみてください。田舎に実家がある人は、その街の人口を考えてみましょう。実家が都会にある場合には、親戚が住んでいる町でも、友達が居る場所でもかまいません。
その街に住んでいる人が全て自殺してしまい、街そのものが消滅してしまったら・・・
それに相当する程の人々が実際に死を選んでいる訳です。

そして、生き続けている人の中にも、景気が悪い為に苦しんでいる人は沢山居ます。
これからもずっとそういう状況が続いていく、それで良いのでしょうか?

7.その他の「素朴な疑問」

長くなりましたので、その他の素朴な疑問に関しては、まとめて述べます。

1)野田政権は何故これほどまでに増税をしたがるのか。
野田内閣は消費税増税に関しては「政治生命を賭ける」とか「不退転」とかいう言葉をとても良く使います。そんなに軽々しく言葉を使われては困るのですが、どうしてそこまでこだわるのでしょうか。
野田氏が私利私欲にこだわるのなら、むしろ増税しない方が得策でしょう。政治家としての野田氏本人にとっても、民主党にとっても、増税は不利に作用するからです。とすれば、あまり考えたくない事ですが、野田氏とその周辺は、もしかしたら本気で「増税は国の為である」と信じ込んでいるのかもしれません。
勿論、その考えがおかしい事はここまで縷々説明してきた通りですが、財務省を始めとする高級官僚の「御説明(と称する洗脳行為)」を受け続けていた為に、そうなってしまったのかもしれません。
野田佳彦総理におかれましては是非とも、かつて野党議員「野田佳彦」という人が堂々と述べていた素晴らしい国会質問の内容を、心から参考にして頂きたいものだと思います。
なお、上のリンク先は自民党の中川秀直氏のブログですが、私は特に自民党支持でも民主党支持でもありません。敢えて言うなら「国を良くする政策を掲げている政治家」を応援しています。自民党で言えば先の中川氏の他に、河野太郎氏の主張にも頷ける部分が多いです。一方、民主党で言うなら、馬淵澄夫氏、宮崎タケシ氏、金子洋一氏などを応援しています(無論、是々非々である事は言うまでもありません)。
(2012年6月9日追記:上に述べた国会質問の他にも、かつて野田氏は「マニフェストに書いていない事をやるのはけしからん」と国民の前で断言していました。その事を取り上げた記事はこちらこちら、記事中にも言及がある動画はこちらです。これでは変節漢、ブーメランと言われても仕方ありません。そもそも公約違反とは、選挙で負託を受けた国会議員にとっては最大級の「罪」の筈です。この件がもっともっと大きな問題にならないのは不思議で仕方ありません。更に野田総理は、最近ではこんな事まで言い出しています。「反対の方が多い」と言ったその口で「多くの人が分かっている」と言う。全く支離滅裂であり、自分が何を言っているのか解っていないレベルですね。こんな体たらくで「国民に理解して貰おう」というのですから恐れ入ります)

2)そもそも「税と社会保障の一体改革」とは何なのか。
これに関しては、何時まで経っても、社会保障の全貌とやらが見えてきません。にも関わらず、増税だけは具体性を持ってグイグイと実行される勢いです。「どこが一体なのか」と思われる人も多いでしょう。私もそう思います。
原則論を言えば、政府の責務としては、まず将来的な社会保障の全体像を示し、それに掛かる費用を計算し、現状との比較を示し、その上で「これだけ足りないからこれだけ増税します」と国民に対して提案すべきでしょう。それが筋というものだと思います。何故そういう手順を踏まないのか。やっている?全く不充分でしょう。
やらない理由は幾つも考えられますが、最大のものは「出来ない」からではないでしょうか。つまり国のグランドデザインを描く能力も気力も無い。だから高級官僚の書いたシナリオに乗るしかないのです。敢えて個人的な超辛口意見を述べさせて貰うなら、財務省の高級官僚は「税率を上げた」という実績さえ挙げられれば、社会保障なんてどうだって良いのでしょう。予定した社会保障が実現できなくても、屁理屈をこねて外部環境のせいにしておけば良いのですし、更に増税する口実が出来たと喜びさえするかもしれません。要するに私は「社会保障なんて増税の為の方便であり、国民を騙す為の口実に過ぎない」と強く疑っているのです。
「いや、そんな事は無い」と言うのなら、きちんと国民に解る様に説明すべきです(勿論、国民の側も勉強すべきです)。国民だって、いい加減「政府はお飾りであり、実質的に国を動かしているのは高級官僚である」という事実に気付き始めていますよ。
政治家の皆さんは、もっと官僚依存から脱却すべきです。それが、民主党が掲げていた「政治主導」という言葉の意味だと理解しています。しかし今では、そんな理念もどっかに吹っ飛んでしまいましたね。

3)大手マスコミ、特に大新聞は何故、概ね消費税増税に賛成の論調なのか。
そもそも「担当記者が経済の基本を理解していない」という意見があります。確かにそれは妥当な意見であり、極めて大きな要素だと思います(勉強不足だからこそ、やたらと政局に絡めた報道しか出来ないのではないかと疑っています)。
しかし、必ずしもそれだけが原因ではないとも思っています。
実は、その点に関しては、既に述べました。5.の末尾に載せたリンクを再掲しておきます(こちらです)。
2012年6月9日追記:現在の大手メディアと財務省の関係に関して、かなり辛辣にかいてあるブログがこちらにあります。併せて御覧ください)

4)「増税するなら国会議員も身を切れ」という意見は妥当なのか。
増税に反対する意見の中にも、首を傾げるものがあります。例えば「増税をする前にやる事があるだろう。議員報酬を減額し、議員定数を削減する事だ。痛みを分かち合うとはそういう事だろう」というものです。一見すると正論にも思えるこの意見の、どこに問題があるのでしょうか。
問題点は、大きく2つあります。
1つは、金額の大きさです。仮に、国会議員の定数を100人規模で削減し、残った議員さん達の報酬も1000万単位で減額したとしましょう(これはかなり大胆な想定です)。その場合、削減できる金額は、数十億円です。確かに小さい金額ではありません。
しかし、今回の消費税増税では、税収が10兆円増えると予想されています。つまり、金額に数百倍もの違いがあるのです。節約をするなとは言いませんが、この程度の対策では、焼け石に水もいいところだと思います。確かに議員を減らし報酬を減らせば、我々の溜飲は下がるかもしれません。
しかし、溜飲ではメシは食えないのです。
2つ目は、民主主義の本質に関わる問題です。即ち「議員定数は何人が適正なのか」という問題です。大雑把に言って、議員定数が多ければ多い程、直接民主主義に近付き、少なければ少ない程、独裁制に近付くと言えます。どちらにもメリットとデメリットがあるので、実際にどのくらいの定数が適切なのかは、実は難しい問題です。
少なくとも「金が掛かるから減らそう」と言い切れる程、単純な問題では無い筈です。
そして、少なくともはっきりと言えるのは「議員定数を減らせば減らす程、マイノリティの声は政治に届き難くなる」という事です。「多数派が少数派を圧殺する」という状況になったら、それはもはや民主主義ではありません。
(余談ですが、私が小学生の時、学級会か何かで、自分の意見が圧倒的多数であるという確信があったので、強引に多数決に持ち込もうとした事があります。その時、担任の先生に、えらく怒られました。当時は何故怒られたのか良く理解出来なかったのですが、今では先生に感謝しています。その一方で、政治家が「多数決は民主主義の基本原理」とかドヤ顔で言っているのを見ると「小学校からやり直せ」と言いたくなってしまいます)

8.謝辞

今回も、ブログやTwitterから数多くの意見を参考に致しました。謹んで御礼申し上げます。
ブログやTwitterは、当事者や専門家の「生の意見」を知る事が出来るのが大きな利点だと思っています。
勿論、トンデモな意見も数多くあるので注意が必要です。「正しい情報の見分け方」というのはとても大きなテーマなので、これもいずれ改めて論じたいと思っています。

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