コミケを風疹から守り隊

2022年1月26日水曜日

甲状腺癌の過剰診断とスクリーニング効果を理解する為の基礎知識(下)

初回公開日:2022年01月26日
最終更新日:2022年06月08日

(一応、暫定版ながら一通り完成しました)
(前半(上)はこちらをご覧ください

もくじ
0.はじめに
1.「がん」の多様性について
1)多様性を決める要素
2)原発臓器について
3)組織型について
4)進行度について
2.甲状腺癌の基礎知識
1)甲状腺癌の大部分は極めておとなしく進行の遅い癌です
2)甲状腺癌のステージ分類(他臓器の癌との比較)
3)過去の膨大な解剖症例から解る、甲状腺癌のおとなしさ
3.過剰診断とスクリーニング効果の説明
1)過剰診断とは何か
2)スクリーニング効果とは何か
3)福島県で甲状腺癌が沢山見つかったのは、過剰診断とスクリーニング効果のせいだと考えられます
4.甲状腺癌にはスクリーニング検査は適しません
1)スクリーニング検査の条件
2)甲状腺癌がスクリーニング検査に適さない理由
3)検診で「見つけてしまった」甲状腺癌の話
4)いわゆる「早期発見・早期治療」のデメリット
5.検査を継続させたいのはどんな人達でしょう
1)政治的立場
2)商売&思想的立場
3)学術的立場
 
3.過剰診断とスクリーニング効果の説明

1)過剰診断とは何か
一言で言えば「生涯に渡って症状を現わさない癌を見つけ出してしまう事」です。癌の中には「極めて進行が遅いので、発生してから実際に悪さを始めるまでに何十年もかかるもの」があります。こうした癌ではご想像の通り、癌が悪さを始める前に本人の寿命の方が先に尽きてしまいます。そして前半で述べた通り、現実の甲状腺癌にはそうした症例も数多く含まれています。
なお、病理診断の分野(私の専門です)では「過剰診断」の用語を違う意味(癌でないものを誤って癌と診断してしまう)で使う事があります。この2つを混同したり、故意に混ぜる事で誤魔化しを図ったりしない様に注意すべきです。

2)スクリーニング効果とは何か
一言で言えば「症状が明確に現われてから対応しても大丈夫な癌を発症前に見つけ出してしまう事」です。癌の中には「そこそこ進行が遅く性質もおとなしいので、実際に悪さしているのが明確になってから、おもむろに治療を始めても十分に間に合うもの」があります。そしてこれも前半で述べた通り、甲状腺癌にはそうした症例もまた、数多く含まれます。

3)福島県で甲状腺癌が沢山見つかったのは、過剰診断とスクリーニング効果のせいだと考えられます
ここまで述べてきた情報に基づき論理的に考えて(演繹的推論)福島で見つかった甲状腺癌の殆ど(おそらくはほぼ全て)が過剰診断かスクリーニング効果のいずれかだと考えられます。そしてその事は、実際に集められた福島県のデータから振り返って考えても(帰納的推論)同じ結論に達します。なのでその後半部分を少し説明しましょう。
福島では38万人もの子供たちが甲状腺検査の対象とされましたが、実際に検査を受けたのは33万人ほどです。ここで、福島での検査で見つかった甲状腺癌が過剰診断でもスクリーニング効果でもないと仮定しましょう。もしそうであるのなら、検査を受けていない5万人の子供達の中からも同じ割合で甲状腺癌が発生している筈です。そしてその場合、過剰診断でもスクリーニング効果でもないのであれば、明らかに進行した状態での症例として発見される筈なのです。しかし勿論、実際にはそんな症例は見つかっていません。故に(帰納的推論に基づいて考えても)福島で見つかった甲状腺癌はその殆ど(ほぼ全て)が過剰診断かスクリーニング効果のいずれかだと考えられるのです。

4.甲状腺癌にはスクリーニング検査は適しません

1)
スクリーニング検査の条件
スクリーニング検査の目的は「疾患の早期発見・早期治療」です。ですが、ここで見落とされがちな「隠れた条件」があります。その条件とは「早期発見・早期治療が有効である場合に限る」です。多くの人は何となくのイメージで「早期発見・早期治療は有効に決まっている」と考えがちですが、実は、そうではない場合もあります。具体的には「放置しても悪さをしない場合」や「症状が出てから治療しても十分に間に合う場合」などです。
なお、スクリーニング検査を実際に行う際には、他にも幾つかの条件があります。例えば、費用対効果の観点から、極めて頻度の低い疾患や、検査のコストが高過ぎる場合には、スクリーニング検査は適さないのです。

2)甲状腺癌がスクリーニング検査に適さない理由
前項で述べた点を踏まえて、甲状腺癌にスクリーニング検査は適しているかどうかを考えてみましょう。と言っても、ここまで述べてきた中に、既に答えは書いてありますね。多くの甲状腺癌は非常に発育が遅い為に「(他の病気や本人の寿命により)死亡する時まで症状を示さない」または「症状が明確に現れてから治療を開始しても十分に間に合う」場合が大多数です。こうした特徴を持つ疾患は、スクリーニング検査には適さないのです。
そこで次項では、実際に大々的なスクリーニング検査を行ってしまった事例について述べてみます。

3)検診で「見つけてしまった」甲状腺癌の話
以下に述べるのは、韓国で実際に起こったことです。韓国では1999年に癌検診が始まり、その際にオプションで甲状腺癌検診も受けられる様になっていました。オプションとはいえ甲状腺癌検診が広く一般に行われる様になった途端、甲状腺癌患者が急増しました。具体的には、1993年と2011年の比較で、患者数は何と15倍にも増えたのです。そして、癌と診断された人の多くは手術を受けました。こうして韓国ではのべ何万人もの無症状の人々が「超早期発見・早期治療」を受けました。その結果、甲状腺癌での死亡率は……全く下がらなかったのです。
この結果を受け、韓国の科学者グループは「検診が大量の過剰診断を生み出している」と社会に警告しました。彼等の努力により、2018年には甲状腺癌検診の数はピーク時の半分まで減少しました。
以上述べた内容を、より詳しく知りたい方はこちらの記事を参照してください。

4)いわゆる「早期発見・早期治療」のデメリット
実は甲状腺癌だけではなく、どの様な疾患に対しても、早期発見・早期治療のデメリットは存在します。何故なら、過剰診断もスクリーニング効果も「完全にゼロにするのは不可能」だからです。例えば胃癌に関しても、高齢者に発生する表在型の高分化型腺癌の中には、時に非常に進行の遅いものがあったりします。
これは検診だけでなく医療行為全般に共通する内容ですが「あらゆる医療行為にはメリットとデメリットの両方が存在」します。即ち「デメリットがゼロは有り得ない」のです。故に、全ての医療行為は「メリット>デメリット」であるという判断の下に行われます。但しここで注意すべきは、メリットにもデメリットにも様々な要素が含まれます。簡単に書いても医学的・社会的・経済的・個人的・家庭的・精神的など、様々な観点からのメリットとデメリットを総合的に判断する必要があり、それが問題を複雑にする場合もあります。
これらの様々な要素を考慮した結果として、時には「医学的に妥当性の低い行為を敢えて行う」事例があったりもします。

5.検査を継続させたいのはどんな人達でしょう

1)政治的立場
「あらゆる機会を利用してとにかく何が何でも政権批判・権力批判に結び付けたい」立場の人にとっては、原発事故の被害(に見えるもの)は大きければ大きいほど都合が良いでしょう。政府対応への批判材料が増えるからです。勿論これはやり過ぎると自らに跳ね返ってくる両刃の剣でもあります。端的に言えば「そんなこと言って、結局は自分達が権力を握りたいだけじゃないの?」と見透かされてしまいます。

2)商売&思想的立場
詳しくは書きませんが(逆に宣伝になってしまっても困るので)被害者を食い物にして商売する人も居ます。また「自己実現」の為に支援を行っている人にとっては「被害者にはずっと被害者ポジションのままでいて欲しい」と(もしかしたら自分でも気付かないうちに)願っているかもしれません。

3)学術的立場
ここは少々解り難いと思うので詳しく書きます。疫学という学問があります。それ自体は「メカニズムが不明な場合でも因果関係を推定できる」強力な武器になる学問です(但しその一方で「必ずしもメカニズムを解明しない」というまさにその点をもって疫学を軽視する人が、専門家の中にも存在するのは、誠に残念な事です)。ここで、疫学的な推定をしっかりと行う為には、大量のデータが必要であり、多くの疫学者は「多くの人のデータを長期に渡って収集し続けること」を夢見ています。そうした立場からすれば、何万人ものデータを何年にも渡って取り続けられる福島の甲状腺スクリーニングは、まさに喉から手が出るほど欲しいデータです。当たり前ですが、もしも途中で検査を中止してしまえば、それ以降のデータは取れません。
但しここで大急ぎで付け加えておきたいのは「大多数の疫学者は学者の良心に従って行動している筈」です。ただ、どの分野でもそうですが、どうしても、おかしな人が少数居ます。そして往々にして、そういう人達の方が悪目立ちしてしまったりするのです。
これは推測ですが、現状に至ってもなお検査を推進している学者の中には「これは福島の人にとっても必要な検査なんだ」と自らに言い聞かせて、(なけなしの)良心を眠らせてしまっている人も居るのではないでしょうか。


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