初回公開日:2011年12月25日
最終更新日:2012年03月10日
(2012/12/26追記:「6.余談その2」について、黒猫亭さん本人からTwitter経由で御意見を頂いておりますので、今後内容を変更する可能性があります。現在の記述は暫定的なものとしてお読みください。)
(2011/12/29追記:「6.余談その2」に関しては、内容の削除や書き換えは行わず、もとの文章を残したままで追記及びコメントによって補足する事にしました。括弧でくくり「追:」を冒頭に付けた部分が、今回追記したものです。また追記で書ききれない内容をコメント欄に書いてあります)
(2012/03/10追記:「わたしたちは子供を産めますか」というTogetter経由でこちらに来られた方は、是非こちらの記事もお読みください)
1.はじめに
既に報道等で御存知の方も多いとは思いますが、2011年12月7日、早川由紀夫氏(群馬大学教育学部教授)がTwitter上での発言を問題視され、学長より訓告を受けました(本人によるまとめはこちら)。この件に関しては幾つかの論点があります。また私は震災以前の早川氏の言動も多少知っており、直接遣り取りした経験もありますので、そうした点も踏まえて、以下に述べていきたいと思います。
また、これは大切な事なので初めに書いておきますが、早川氏は衆目を集めたくてわざと暴言を吐いている節があります。ですから彼の発言をマトモに相手して軽挙妄動に走るのは控えてください。少なくとも、感情的になるのは、相手の思うツボです。
この記事を最後までお読みになれば「早川氏はマトモに相手するに値しない」という事を御理解頂けるかもしれません。
2.早川発言の問題点
報道では「殺す」「オウムと同じ」という様なセンセーショナルな部分がクローズアップされがちです。しかし、彼の発言の問題点はそれに留まりません。これはある意味、震災前から一貫しているとも言えます。
まず項目を挙げます。
1)表現が過激で乱暴である。
2)嘘吐き、もしくは無責任。
3)差別的である。
4)明らかに知識不足であり、にも関わらず(だからこそ?)俗流・独自解釈に固執する。
5)詭弁を多用する。
6)ワガママで自分勝手。
7)上記5)6)からの帰結として、しばしばダブルスタンダードに陥る。
以下、個別に解説していきます。
たとえ更新が遅くても気長に見てください。また、ここの特徴として、一旦書いた記事を修正して再投稿する事もあります。 コメントは承認制です。コメントを書いてもなかなか反映されない時には「コメントを見ている暇が無いのだな」と思ってやってください。 ===コメントされる方は、節度を守る様お願い致します。名無しやダブハン、マルチポストは御遠慮ください。頂いたコメントは、私の気まぐれにより無警告で削除したりしなかったりします。予めご了承ください。===
2011年12月25日日曜日
2011年11月17日木曜日
お知らせ
気が付いたら2ヶ月以上も更新が無いままでした。
なかなかまとまった文章が書けませんが、ぼつぼつ書き溜めてはおりますので、何とか少しずつでも公開していきたいと思っています。
殆ど内容がありませんが、単なるお知らせでした。
なかなかまとまった文章が書けませんが、ぼつぼつ書き溜めてはおりますので、何とか少しずつでも公開していきたいと思っています。
殆ど内容がありませんが、単なるお知らせでした。
2011年8月30日火曜日
P02-04: ニセ科学批判の対象と射程~震災後のニセ科学批判の困難さ~
初回公開日:2011年8月30日
最終更新日:2011年8月30日
(このエントリは、ニセ科学批判について、ある程度の知識のある方を対象にしています。初めての方には少し解り難いかもしれません)
(ニセ科学批判とは字義通り「ニセ科学を批判する行為」の事です。それ以上の意味は込めていません)
1.これまでに(震災前までに)ニセ科学批判が主な対象としてきた人達
これまでのニセ科学批判が主に対象にしてきた(射程に入れてきた)人達は誰なのでしょうか。
最大のターゲットの1つは、言うまでも無く「自らがニセ科学の発信源となっている人」です。これは明確な批判対象です。しかしながら、自ら積極的にニセ科学を広めている人(例えば由井寅子さんとか江本勝さんとか)は、少々批判されたくらいでは容易に止めたりはしないと考えられます。また、こうしたニセ科学的な事を言い出す人は雨後の筍の様に出てくるので、いくらやっても「モグラ叩き状
態」になってしまいます(勿論、だからといって批判を止める訳にもいかないのですが)。
そこで、第2の対象として「ニセ科学に興味の無い人・なんとなく聞いた事はあるけれども詳しくは知らない人」をターゲットにしてきました。ターゲットと言うと聞こえが悪いですが、この場合は、批判よりもむしろ啓蒙が目的となります。つまり「ニセ科学について知って貰う」事により、ニセ科学にハマり難くするのを目指しています。言わば予防ですね。
なお、知識の欠如が問題とする見解に対して、これを所謂「欠如モデル」と看做して批判する事がある様です。しかし平川秀幸さんによれば批判対象となるのは原因が知識欠如「のみ」だと考える場合だそうです(ちょっと長い議論になりますが、興味のある方はこちらのTogetterも御参照ください)。
だとすると、私の知る限りでは「知識の欠如のみが問題である(=知識さえ与えれば問題は解決する)」などという見解を持っている人に会った事がありませんので、さしあたり平川さんの言っている事は気にしない事にします。
2.これまでに(震災前までに)ニセ科学批判があまり対象としてこなかった人達
一方で、あまりターゲットにしてこなかった人達もいます。最も典型的なのは「ディープなビリーバー」です。菊池誠さんなどが良く仰るのは「ビリーバーは説得できない」という言葉です。これは文字通りに「できない」というより、むしろ「説得には個別に対応する必要があるし多大なコストがかかるうえに、たとえそうやっても出来るとは限らない」という意味に解釈すべきでしょう。ニセ科学批判は基本的にボランティアで行われていますしリソースも限られていますから、ビリーバーの説得に費やすコストを捻出するのはなかなか困難です。
つまり、ビリーバーを見捨てているのでも相手にしていない訳でもないのです。実質的にそれが出来ないでいるのはマンパワーと方法論の問題だと理解しています。
最終更新日:2011年8月30日
(このエントリは、ニセ科学批判について、ある程度の知識のある方を対象にしています。初めての方には少し解り難いかもしれません)
(ニセ科学批判とは字義通り「ニセ科学を批判する行為」の事です。それ以上の意味は込めていません)
1.これまでに(震災前までに)ニセ科学批判が主な対象としてきた人達
これまでのニセ科学批判が主に対象にしてきた(射程に入れてきた)人達は誰なのでしょうか。
最大のターゲットの1つは、言うまでも無く「自らがニセ科学の発信源となっている人」です。これは明確な批判対象です。しかしながら、自ら積極的にニセ科学を広めている人(例えば由井寅子さんとか江本勝さんとか)は、少々批判されたくらいでは容易に止めたりはしないと考えられます。また、こうしたニセ科学的な事を言い出す人は雨後の筍の様に出てくるので、いくらやっても「モグラ叩き状
態」になってしまいます(勿論、だからといって批判を止める訳にもいかないのですが)。
そこで、第2の対象として「ニセ科学に興味の無い人・なんとなく聞いた事はあるけれども詳しくは知らない人」をターゲットにしてきました。ターゲットと言うと聞こえが悪いですが、この場合は、批判よりもむしろ啓蒙が目的となります。つまり「ニセ科学について知って貰う」事により、ニセ科学にハマり難くするのを目指しています。言わば予防ですね。
なお、知識の欠如が問題とする見解に対して、これを所謂「欠如モデル」と看做して批判する事がある様です。しかし平川秀幸さんによれば批判対象となるのは原因が知識欠如「のみ」だと考える場合だそうです(ちょっと長い議論になりますが、興味のある方はこちらのTogetterも御参照ください)。
だとすると、私の知る限りでは「知識の欠如のみが問題である(=知識さえ与えれば問題は解決する)」などという見解を持っている人に会った事がありませんので、さしあたり平川さんの言っている事は気にしない事にします。
2.これまでに(震災前までに)ニセ科学批判があまり対象としてこなかった人達
一方で、あまりターゲットにしてこなかった人達もいます。最も典型的なのは「ディープなビリーバー」です。菊池誠さんなどが良く仰るのは「ビリーバーは説得できない」という言葉です。これは文字通りに「できない」というより、むしろ「説得には個別に対応する必要があるし多大なコストがかかるうえに、たとえそうやっても出来るとは限らない」という意味に解釈すべきでしょう。ニセ科学批判は基本的にボランティアで行われていますしリソースも限られていますから、ビリーバーの説得に費やすコストを捻出するのはなかなか困難です。
つまり、ビリーバーを見捨てているのでも相手にしていない訳でもないのです。実質的にそれが出来ないでいるのはマンパワーと方法論の問題だと理解しています。
2011年8月7日日曜日
素人談義:増税亡国論
初回公開日:2011年08月07日
最終更新日:2017年05月24日
1.はじめに
タイトルに書きました様に、私は経済についても、政治に関しても素人です。しかしながら、最近の情勢を見ると、あまりにも増税を実行しようとする勢力が強過ぎると感じます。そこで敢えて刺激的なタイトルを付け、自らの浅学非才を省みずに(って、これはいつもの事ですが)書いてみた次第です。
理解の浅い所や単純化し過ぎた点があるとは思いますが、大きく本質は外していないつもりです。
(2017年05月24日追記:与謝野馨氏が亡くなったそうです。残念でなりません。願わくば彼には、もっともっと長生きして頂いて「金融緩和と財政出動により日本経済が見事に復活するさま」を、その目に見せ付けてあげたかったです。)
2.予備知識
まず、2つほど予備知識を述べます。と言っても、それほど難しい事を書くつもりはありません。
1つめは「ありふれたものの価値は低く、希少なものの価値は高い」です。これは直感的にも理解し易いでしょう。例えば、トレーディングカードゲームなどでも、激レアなカードは価値が高い。それはまさしくレア(希少)だからです。誰でも持っているカードは価値が低いですよね。ゴールドやダイヤモンドの価値が高いのも、地球上に存在している量が少ないからです(もっとも、いくら希少であっても誰も欲しがらなければ無価値ですが、そこまで述べると長くなるので今回は割愛します)。
そして、これはお金そのものについても言えます。お金が少ししかなければお金の価値は高くなり、少しのお金で沢山のものが手に入ります(つまり、物の値段が安いという事)。これがデフレです。この時、安くなるのは物の値段だけではなく、労働の値段も安くなります。従って、賃金がなかなか上がらないという事になります。
逆に、世の中にお金が溢れていれば、お金の価値が下がり、少しの物を買うのにも沢山のお金を支払わなくてはなりません(=物の値段が高い)。また労働にも沢山のお金が支払われる様になります(=賃金が上がる)。これがインフレです。
更にこれは、円と他の通貨(ドルやユーロ)との関係についても言えます。円が少ししかなければ円の価値が(相対的に)上昇し、円高になります。逆に円がふんだんにあれば円の価値は下がり、円安となります。
2つめは「経済が停滞すると人が死ぬ、死なないまでも不幸になる」です。端的に言って、景気が悪くなると失業者が増えます。今の日本はこの状態です。仕事が無ければお金が入ってきません。お金が無ければ生きていけません。あるいは「ホームレスになれば」と無責任に言う人が居るかもしれません。しかし、ホームレスとして生きられるかどうかですら、やはり景気に左右されるのです。例えば、景気が悪くなれば企業は期限切れで廃棄される食品を減らそうとするでしょう。また職を持ち食べていられる人達も、なるべく食べ残しを減らそうとするでしょう。結果、ホームレスの人もやはり、より飢える事になるのです。この様に、経済の停滞によって不幸になる例は、枚挙に暇がありません。
最終更新日:2017年05月24日
1.はじめに
タイトルに書きました様に、私は経済についても、政治に関しても素人です。しかしながら、最近の情勢を見ると、あまりにも増税を実行しようとする勢力が強過ぎると感じます。そこで敢えて刺激的なタイトルを付け、自らの浅学非才を省みずに(って、これはいつもの事ですが)書いてみた次第です。
理解の浅い所や単純化し過ぎた点があるとは思いますが、大きく本質は外していないつもりです。
(2017年05月24日追記:与謝野馨氏が亡くなったそうです。残念でなりません。願わくば彼には、もっともっと長生きして頂いて「金融緩和と財政出動により日本経済が見事に復活するさま」を、その目に見せ付けてあげたかったです。)
2.予備知識
まず、2つほど予備知識を述べます。と言っても、それほど難しい事を書くつもりはありません。
1つめは「ありふれたものの価値は低く、希少なものの価値は高い」です。これは直感的にも理解し易いでしょう。例えば、トレーディングカードゲームなどでも、激レアなカードは価値が高い。それはまさしくレア(希少)だからです。誰でも持っているカードは価値が低いですよね。ゴールドやダイヤモンドの価値が高いのも、地球上に存在している量が少ないからです(もっとも、いくら希少であっても誰も欲しがらなければ無価値ですが、そこまで述べると長くなるので今回は割愛します)。
そして、これはお金そのものについても言えます。お金が少ししかなければお金の価値は高くなり、少しのお金で沢山のものが手に入ります(つまり、物の値段が安いという事)。これがデフレです。この時、安くなるのは物の値段だけではなく、労働の値段も安くなります。従って、賃金がなかなか上がらないという事になります。
逆に、世の中にお金が溢れていれば、お金の価値が下がり、少しの物を買うのにも沢山のお金を支払わなくてはなりません(=物の値段が高い)。また労働にも沢山のお金が支払われる様になります(=賃金が上がる)。これがインフレです。
更にこれは、円と他の通貨(ドルやユーロ)との関係についても言えます。円が少ししかなければ円の価値が(相対的に)上昇し、円高になります。逆に円がふんだんにあれば円の価値は下がり、円安となります。
2つめは「経済が停滞すると人が死ぬ、死なないまでも不幸になる」です。端的に言って、景気が悪くなると失業者が増えます。今の日本はこの状態です。仕事が無ければお金が入ってきません。お金が無ければ生きていけません。あるいは「ホームレスになれば」と無責任に言う人が居るかもしれません。しかし、ホームレスとして生きられるかどうかですら、やはり景気に左右されるのです。例えば、景気が悪くなれば企業は期限切れで廃棄される食品を減らそうとするでしょう。また職を持ち食べていられる人達も、なるべく食べ残しを減らそうとするでしょう。結果、ホームレスの人もやはり、より飢える事になるのです。この様に、経済の停滞によって不幸になる例は、枚挙に暇がありません。
2011年7月7日木曜日
京大入試問題漏出事件に関する、ありがちな誤解
(この記事は2011年3月に書いたものですが、震災の影響により公開のタイミングを逸していました。しかし本日(2011年7月7日)、本人が不起訴処分になったという報道がありましたので、この機会に公開する事にします)
もう散々話題になったので殆どの皆さんが既に御存知と思いますが、京都大学の受験生が携帯電話を股に挟んで左手で操作してYahoo!知恵袋に試験問題を投稿したという事件がありました。この事件に関しては、東京大学の玉井教授の呟きを纏めたもの、及びそれを元にした優れた解説記事があります。ですから「そちらをお読みください」で済ましても良い位ですが、まぁそれでも、私なりに「ありがちな誤解」を解く為の解説を試みてみます。
なお、以下のサブタイトルは「ありがちな誤解」そのものではなく「誤解に対する私自身の主張を端的に書き記したもの」です。
1.単なるカンニングに留まらない、試験問題漏出事件であったからこそ、警察沙汰になった。
「カンニングくらいで逮捕するなんてひどい」というのは、感情論としては理解できます。しかしそれでは問題の本質を見誤ってしまいます。大体、過去に発覚したカンニングは皆無だったのでしょうか?おそらく違うでしょう。これまでにも発覚したカンニングは存在した筈です。しかしそれらは刑事事件になっていないし勿論逮捕もされていません。感情論に走る前に、何故今回に限って事件になったのか、その点を少し考えて欲しいのです。
単なるカンニングの発覚であれば、大学の内部だけで対応できます。嫌な言い方ですが、そもそもカンニング行為そのものへの対応は、受験資格取り消し等の処分も含めて、通常の試験業務の一部であると考える事も可能です。
しかし、問題の漏出はそうではありません。試験中に問題が漏れたという事は勿論、学外へ漏出するルートの存在を意味します。これは単なるカンニングよりも遥かに大きな問題です。何故なら、そのルートの使い方によっては、試験が全く成り立たなくなる程の大混乱をもたらせる可能性があるからです(愉快犯にあまりヒントを与えたくないので具体的な手口については書きませんが)。ですから、最低限、どの様なルートだったのかを解明し、対策を立てる必要があります。
そして、その様なルートの解明には大学だけの調査能力では全然足りません。だからこそ、警察の力が必要だったのです。更に言えば、単なるカンニングとは異なる対応が必要になった為に、ただでさえ入試の採点や合否判定の為に日常よりも業務が増えているのにも関わらず、更に仕事量は増大しました。即ち、大学の通常業務は大きく妨げられたと言えます。ですから「業務妨害」に相当するのです(最終的には司法の場で決める事ですが)。
以上より「単なるカンニングに過ぎないのに逮捕された」という認識も間違っていますし「警察沙汰にする為にカンニングを業務妨害にこじつけた」という解釈も間違っています。
勿論この事は、カンニング自体の是非とは別個の問題です。
もう散々話題になったので殆どの皆さんが既に御存知と思いますが、京都大学の受験生が携帯電話を股に挟んで左手で操作してYahoo!知恵袋に試験問題を投稿したという事件がありました。この事件に関しては、東京大学の玉井教授の呟きを纏めたもの、及びそれを元にした優れた解説記事があります。ですから「そちらをお読みください」で済ましても良い位ですが、まぁそれでも、私なりに「ありがちな誤解」を解く為の解説を試みてみます。
なお、以下のサブタイトルは「ありがちな誤解」そのものではなく「誤解に対する私自身の主張を端的に書き記したもの」です。
1.単なるカンニングに留まらない、試験問題漏出事件であったからこそ、警察沙汰になった。
「カンニングくらいで逮捕するなんてひどい」というのは、感情論としては理解できます。しかしそれでは問題の本質を見誤ってしまいます。大体、過去に発覚したカンニングは皆無だったのでしょうか?おそらく違うでしょう。これまでにも発覚したカンニングは存在した筈です。しかしそれらは刑事事件になっていないし勿論逮捕もされていません。感情論に走る前に、何故今回に限って事件になったのか、その点を少し考えて欲しいのです。
単なるカンニングの発覚であれば、大学の内部だけで対応できます。嫌な言い方ですが、そもそもカンニング行為そのものへの対応は、受験資格取り消し等の処分も含めて、通常の試験業務の一部であると考える事も可能です。
しかし、問題の漏出はそうではありません。試験中に問題が漏れたという事は勿論、学外へ漏出するルートの存在を意味します。これは単なるカンニングよりも遥かに大きな問題です。何故なら、そのルートの使い方によっては、試験が全く成り立たなくなる程の大混乱をもたらせる可能性があるからです(愉快犯にあまりヒントを与えたくないので具体的な手口については書きませんが)。ですから、最低限、どの様なルートだったのかを解明し、対策を立てる必要があります。
そして、その様なルートの解明には大学だけの調査能力では全然足りません。だからこそ、警察の力が必要だったのです。更に言えば、単なるカンニングとは異なる対応が必要になった為に、ただでさえ入試の採点や合否判定の為に日常よりも業務が増えているのにも関わらず、更に仕事量は増大しました。即ち、大学の通常業務は大きく妨げられたと言えます。ですから「業務妨害」に相当するのです(最終的には司法の場で決める事ですが)。
以上より「単なるカンニングに過ぎないのに逮捕された」という認識も間違っていますし「警察沙汰にする為にカンニングを業務妨害にこじつけた」という解釈も間違っています。
勿論この事は、カンニング自体の是非とは別個の問題です。
また、念の為申し上げておきますが、私は警察権力の横暴には反対ですし、今回の事件ではマスコミに個人情報をリークし過ぎだと思っています。そして、そうした問題点を追求されそうになったマスコミが批判の矛先を京大に逸らそうとしているのではないかとすら思っています。ですから、うかうかとその尻馬に乗らない様にお気を付け頂きたいという気持ちもあります。
2011年7月6日水曜日
上皮性腫瘍と非上皮性腫瘍との違い
初回公開日:2011年07月06日
最終更新日:2012年08月13日
(2012年08月13日追記:この記事の姉妹編とも呼べる「良性腫瘍と悪性腫瘍、及び、放射線と癌との関係について」を書きました。そちらも併せて御覧ください)
1.これまでのお話
先日、Twitter上で「癌と『がん』との違い」について連続で呟きました。御覧になりたい方は、_taka51さんがTogetterにまとめてくださったものがこちらにありますので御参照ください。
一応、こちらでも簡単にまとめ直しておきます。
1)腫瘍の分類は「良性vs悪性」「上皮性vs非上皮性」の2軸により4つに大別される。
2)元々「癌」という言葉は上皮性悪性腫瘍を指す言葉だった(非上皮性悪性腫瘍は「肉腫」と呼ぶ)。
3)ここ数十年の間に、上皮性・非上皮性を問わず悪性腫瘍全般を「がん」と呼ぶのが一般的になった。
4)これにより「がん」という言葉に広義と狭義の2種類の意味が含まれる様になった。
5)そこで(あくまで個人的な使い分けとしてであるが)私は、上皮性悪性腫瘍のみを指す場合には漢字で「癌」と表記し、悪性腫瘍全般を指す場合は「がん」とひらがなで表記する様にしている。この様にしておけば、一般的な用法と齟齬をきたさない形で上皮性悪性腫瘍を表現できると考えたからである。
6)ちなみに、実は上皮性悪性腫瘍を指す言葉として「がん腫(癌腫)」という用語がある。しかし、この言葉は医療関係者の間でも通りが悪く、却って混乱を生じると思うので、あまり使わない様にしている。
繰り返しますが、あくまでこれは個人的な使い分けです。
2.その後の展開
上記の一連の呟きをしてから程無く、tigayam2さんからこの様なツッコミを頂きました。このツッコミの鋭いところは2つあって、1つは「中皮」という存在を出してきたところ、そしてもう1つは「上皮か中皮か区別できないとき」という状況を指定してこられた点です。
とは言え、これだけでは何の事だか解らない方もいらっしゃるでしょうから、折角ですので、もう少し詳しく述べてみます。
3.中皮とは何か
中皮とは簡単に言うと、胸膜や腹膜の表面を敷き詰めている細胞です。胸膜は胸部臓器(主に心臓と肺)を包んでいる膜であり、腹膜とは腹部臓器の一部(胃・小腸・大腸・肝臓など)を包んでいる膜です。これらの膜の表面に中皮細胞が敷き詰められています。
ここで「上皮とは身体の表面を敷き詰めている細胞である」という点を思い出してみましょう(御存じ無い方は、冒頭にリンクしたTogetterの記載を御覧ください)。「表面を覆う」という役割が共通していますので、上皮と中皮とは非常に良く似た性質を持っています。
この中皮から発生する腫瘍が「中皮腫」であり、悪性の場合は「悪性中皮腫」と呼ばれます。中皮は上皮ではないので、一応は「非上皮性腫瘍」という事になりますが、上記の如く上皮と非常に良く似た性質を持っていますので、非上皮性と言い切るのにも抵抗があります。
つまり、中皮とは生体の中でもユニークな存在であるが故に、上皮性とも非上皮性とも言い難いと考えています。従って悪性中皮腫は「癌」とも「肉腫」とも言い難く、あくまで「悪性中皮腫」と呼ぶのが最も適当であるという考えを持っています。
実際、中皮腫には幾つかのバリエーションがあります。上皮の性格を強く持つ「上皮型中皮腫」、非上皮の性質が前面に出た「肉腫型中皮腫」、そしてこれら双方の性質を併せ持つ「二相型中皮腫」などがあります。
勿論、いずれも悪性の場合には広義の意味での「がん(悪性腫瘍全般)」に含まれる訳ですが、それにしても、なかなかややこしい存在である事には違いありません。
4.更にややこしい話
続いて「上皮か中皮か区別できない場合」について述べます。中皮腫は腹膜よりも胸膜に発生する事の方が多いです(アスベストがリスク因子になります)。胸膜から発生した上皮型中皮腫が肺に進展した場合と、肺から発生した肺癌が胸膜に進展した場合とでは、見分けるのが難しい場合が出てきます。
組織型(細胞の配列や顔付き、分化傾向など)や、細胞が作っている物質(細胞骨格成分や粘液など)を調べる事により区別できる場合が多いですが、それでも見分けが付き難い場合も残ります。
大抵の場合は見分けが付くので、上記の様な例は決して多くはありません。それでも、そうした症例に遭遇した際には「肺癌か中皮腫か区別がつかない」と言うしかない事も起こり得ます。
この様な時に「解らない」と言うのは勇気がいります。実質的に違いが無いのなら、自信たっぷりに言い切ってしまった方が、言う方も言われた方も楽になるだろうな、とか思ったり。でも私は「それって、逆に不誠実な態度なのではないか」という気持ちの方が強いのです。
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最終更新日:2012年08月13日
(2012年08月13日追記:この記事の姉妹編とも呼べる「良性腫瘍と悪性腫瘍、及び、放射線と癌との関係について」を書きました。そちらも併せて御覧ください)
1.これまでのお話
先日、Twitter上で「癌と『がん』との違い」について連続で呟きました。御覧になりたい方は、_taka51さんがTogetterにまとめてくださったものがこちらにありますので御参照ください。
一応、こちらでも簡単にまとめ直しておきます。
1)腫瘍の分類は「良性vs悪性」「上皮性vs非上皮性」の2軸により4つに大別される。
2)元々「癌」という言葉は上皮性悪性腫瘍を指す言葉だった(非上皮性悪性腫瘍は「肉腫」と呼ぶ)。
3)ここ数十年の間に、上皮性・非上皮性を問わず悪性腫瘍全般を「がん」と呼ぶのが一般的になった。
4)これにより「がん」という言葉に広義と狭義の2種類の意味が含まれる様になった。
5)そこで(あくまで個人的な使い分けとしてであるが)私は、上皮性悪性腫瘍のみを指す場合には漢字で「癌」と表記し、悪性腫瘍全般を指す場合は「がん」とひらがなで表記する様にしている。この様にしておけば、一般的な用法と齟齬をきたさない形で上皮性悪性腫瘍を表現できると考えたからである。
6)ちなみに、実は上皮性悪性腫瘍を指す言葉として「がん腫(癌腫)」という用語がある。しかし、この言葉は医療関係者の間でも通りが悪く、却って混乱を生じると思うので、あまり使わない様にしている。
繰り返しますが、あくまでこれは個人的な使い分けです。
2.その後の展開
上記の一連の呟きをしてから程無く、tigayam2さんからこの様なツッコミを頂きました。このツッコミの鋭いところは2つあって、1つは「中皮」という存在を出してきたところ、そしてもう1つは「上皮か中皮か区別できないとき」という状況を指定してこられた点です。
とは言え、これだけでは何の事だか解らない方もいらっしゃるでしょうから、折角ですので、もう少し詳しく述べてみます。
3.中皮とは何か
中皮とは簡単に言うと、胸膜や腹膜の表面を敷き詰めている細胞です。胸膜は胸部臓器(主に心臓と肺)を包んでいる膜であり、腹膜とは腹部臓器の一部(胃・小腸・大腸・肝臓など)を包んでいる膜です。これらの膜の表面に中皮細胞が敷き詰められています。
ここで「上皮とは身体の表面を敷き詰めている細胞である」という点を思い出してみましょう(御存じ無い方は、冒頭にリンクしたTogetterの記載を御覧ください)。「表面を覆う」という役割が共通していますので、上皮と中皮とは非常に良く似た性質を持っています。
この中皮から発生する腫瘍が「中皮腫」であり、悪性の場合は「悪性中皮腫」と呼ばれます。中皮は上皮ではないので、一応は「非上皮性腫瘍」という事になりますが、上記の如く上皮と非常に良く似た性質を持っていますので、非上皮性と言い切るのにも抵抗があります。
つまり、中皮とは生体の中でもユニークな存在であるが故に、上皮性とも非上皮性とも言い難いと考えています。従って悪性中皮腫は「癌」とも「肉腫」とも言い難く、あくまで「悪性中皮腫」と呼ぶのが最も適当であるという考えを持っています。
実際、中皮腫には幾つかのバリエーションがあります。上皮の性格を強く持つ「上皮型中皮腫」、非上皮の性質が前面に出た「肉腫型中皮腫」、そしてこれら双方の性質を併せ持つ「二相型中皮腫」などがあります。
勿論、いずれも悪性の場合には広義の意味での「がん(悪性腫瘍全般)」に含まれる訳ですが、それにしても、なかなかややこしい存在である事には違いありません。
4.更にややこしい話
続いて「上皮か中皮か区別できない場合」について述べます。中皮腫は腹膜よりも胸膜に発生する事の方が多いです(アスベストがリスク因子になります)。胸膜から発生した上皮型中皮腫が肺に進展した場合と、肺から発生した肺癌が胸膜に進展した場合とでは、見分けるのが難しい場合が出てきます。
組織型(細胞の配列や顔付き、分化傾向など)や、細胞が作っている物質(細胞骨格成分や粘液など)を調べる事により区別できる場合が多いですが、それでも見分けが付き難い場合も残ります。
大抵の場合は見分けが付くので、上記の様な例は決して多くはありません。それでも、そうした症例に遭遇した際には「肺癌か中皮腫か区別がつかない」と言うしかない事も起こり得ます。
この様な時に「解らない」と言うのは勇気がいります。実質的に違いが無いのなら、自信たっぷりに言い切ってしまった方が、言う方も言われた方も楽になるだろうな、とか思ったり。でも私は「それって、逆に不誠実な態度なのではないか」という気持ちの方が強いのです。
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2011年5月25日水曜日
P01-01: ニセ科学の(一応の)定義
初回公開日:2011年05月25日
最終更新日:2017年08月17日
1.ニセ科学とは
ニセ科学の定義に関しては、ニセ科学批判Wikiの中にも書きましたので、そちらを見て頂いても良いですし、そのWikiを参考に書かれたはてなキーワードを参照頂くのも良いと思います。でもまあ、折角ですから、ここではもう少し噛み砕いた説明を試みてみましょう。
ニセ科学の定義に関しては、ニセ科学批判Wikiの中にも書きましたので、そちらを見て頂いても良いですし、そのWikiを参考に書かれたはてなキーワードを参照頂くのも良いと思います。でもまあ、折角ですから、ここではもう少し噛み砕いた説明を試みてみましょう。
ニセ科学とは「科学ではないのに科学を装っているもの」です。つまり「科学ではないもの」の中で、特に「科学を装っているもの」をニセ科学と呼ぶのです。
これはタイトルにも書いた様に「一応の」定義です。ですから、ニセ科学と呼ばれているものを違う名前で呼んでも構いません。別に「ニセ科学」という言い方にこだわる必要はなく、疑似科学でも似非科学でもウソ科学でも、好きな様に呼べば良いのです(そう言えば「コミックサイエンス」なんてのもありましたねぇ(遠い目))。
但し、ここで述べています通り「ニセ科学」という用語に関しては、既にある程度、意味内容の検討が為されています。ですから、敢えて別の用語をお使いになるのであれば「自分がその用語を選択した動機や、その用語に込めようとした意味」などについても、多少は意識して頂きければ、と思っています。
もし、自分が使っている用語の意味内容について全く無頓着になってしまうならば、その場合には、もはやまともな議論は望めなくなってしまうでしょう。
そう、例えば「メルトダウン」という言葉の様に。
更に、この定義を使うにあたっては、幾つかの注意点がありますので、以下の2.と3.で述べます。
2.ニセ科学の定義は実態に合わせて決められた
但し、ここで述べています通り「ニセ科学」という用語に関しては、既にある程度、意味内容の検討が為されています。ですから、敢えて別の用語をお使いになるのであれば「自分がその用語を選択した動機や、その用語に込めようとした意味」などについても、多少は意識して頂きければ、と思っています。
もし、自分が使っている用語の意味内容について全く無頓着になってしまうならば、その場合には、もはやまともな議論は望めなくなってしまうでしょう。
そう、例えば「メルトダウン」という言葉の様に。
更に、この定義を使うにあたっては、幾つかの注意点がありますので、以下の2.と3.で述べます。
2.ニセ科学の定義は実態に合わせて決められた
まず、この定義は「先に定義を決めておいて、その定義に当て嵌まるものをニセ科学と呼んで批判している」のではありません。そうではなくて「これはどう考えてもニセ科学だろう」という個別の事例を幾つも集めてきて見比べてみたら、共通点が見い出せた。その共通点を端的に示したのが、上記の定義だという訳です。
その意味では、これは定義と言うよりはむしろ「ニセ科学という言葉を説明したものである」と考えた方が解り易いかもしれません。
3.ニセ科学を定義する事の難しさ
3.ニセ科学を定義する事の難しさ
次に、定義自体の曖昧性があります。これは更に3つに分けられます。
1つ目は「科学である/ない」という判定は必ずしも容易ではない点です。この難しさに関しては、既にS01-01の記事で触れています。そしてその中で「科学と非科学の境界が明確でなくても、明らかに非科学であるものを決める事は出来る」という意味の事を書きました。この点に関しては、後ほど具体例を挙げます。
2つ目は「装う」という言葉の難しさです。どういう条件を満たせば「装っている」とみなせるのでしょうか。ここで私は、条件を厳しめに設定したいと思います。何故なら、私がニセ科学を批判する主要な目的の中に「ニセ科学の蔓延による社会への悪影響を少しでも減らしたい」というものがあるからです。
具体的には「科学を装う意志があるとみなせる」あるいは「科学だと誤認してしまう人が無視出来ない数で存在する」の、いずれか片方を満たした時点で「科学を装っている」と判断します。
3つ目は、1つ目と2つ目の複合型です。「科学である/ない」は、真っ白から真っ黒まで連続したグラデーションを形成しています。その場合に「科学ではないのに科学を装っている」というのは、典型的には「真っ黒なものを真っ白と言い張る」事ですが、必ずしもそれだけではないのです。
「真っ黒なものをグレーと言い張る事」や「グレーなものを真っ白と言い張る事」もニセ科学に含まれると考えます。実際には真っ白と真っ黒の間は連続的に無段階に変化しているので「明らかに濃いグレーを明らかに薄いグレーと言い張る」など、無数のバリエーションがあり得ます。
という訳で、冒頭に述べたニセ科学の定義は「実態と主張(もしくは見掛け)との間が、明らかに掛け離れているもの」と言い替える事も可能だと考えます(もしかしたらこちらの定義の方がより正確かもしれませんが、逆に表現としては解り難くなっているきらいもありますね)。
そして、いずれの定義を使った場合でも、ニセ科学かどうかの判定に際しては、個々の具体的な例に応じて判断する必要があります。
3つ目は、1つ目と2つ目の複合型です。「科学である/ない」は、真っ白から真っ黒まで連続したグラデーションを形成しています。その場合に「科学ではないのに科学を装っている」というのは、典型的には「真っ黒なものを真っ白と言い張る」事ですが、必ずしもそれだけではないのです。
「真っ黒なものをグレーと言い張る事」や「グレーなものを真っ白と言い張る事」もニセ科学に含まれると考えます。実際には真っ白と真っ黒の間は連続的に無段階に変化しているので「明らかに濃いグレーを明らかに薄いグレーと言い張る」など、無数のバリエーションがあり得ます。
という訳で、冒頭に述べたニセ科学の定義は「実態と主張(もしくは見掛け)との間が、明らかに掛け離れているもの」と言い替える事も可能だと考えます(もしかしたらこちらの定義の方がより正確かもしれませんが、逆に表現としては解り難くなっているきらいもありますね)。
そして、いずれの定義を使った場合でも、ニセ科学かどうかの判定に際しては、個々の具体的な例に応じて判断する必要があります。
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